日本の医学界において、旧帝国大学(旧帝大)に次ぐ圧倒的な伝統と格式を誇る大学群が「旧六(きゅうろく)」です。旧六とは、新潟大学、岡山大学、千葉大学、金沢大学、長崎大学、熊本大学の6校です。これらはかつての「旧制官立医科大学」を前身としており、日本の近代医学を形作ってきた歴史の証人でもあります。
ここでは、これら旧六医大の設立の経緯と、現在の日本医療における影響力について詳しく解説します。
目次
旧六医大とは?:設立の背景
「旧六」と呼ばれる大学は、1918年(大正7年)の大学令に基づき、地方の医学専門学校が単科の官立医科大学へと昇格したのが始まりです。
当時、医学教育の頂点は東京帝国大学などの「旧帝大」でしたが、医師の質の向上と地域医療の充実を図るため、各地方の拠点校としてこれらの6校が整備されました。
各大学の設立経緯と現在の影響力
新潟大学(旧新潟医科大学)
- 設立の経緯: 1910年(明治43年)に設立された新潟医学専門学校が前身。1922年に「旧六」の一角として昇格しました。
- 影響力: 日本海側における医学の総本山です。特に脳研究所(脳研)は日本初かつ最大級の脳疾患研究拠点として世界的に知られています。新潟県内および近隣県の主要病院の多くに強力な医局ネットワーク(関連病院)を持っており、地域医療の「最後の砦」として君臨しています。
岡山大学(旧岡山医科大学)
- 設立の経緯: 1870年(明治3年)の岡山藩医学館に遡り、1922年に大学へ昇格。西日本で非常に古い歴史を持ちます。
- 影響力: 旧六の中でもトップクラスの研究・臨床力を誇ります。特に血液・腫瘍学や移植医療(肺移植など)の分野では国内をリードしています。中国・四国地方において絶大な学閥を持ち、多くの病院長を輩出している「西の横綱」的存在です。
千葉大学(旧千葉医科大学)
- 設立の経緯: 1874年(明治7年)の共立病院が起源。1923年(大正12年)に大学に昇格しました。
- 影響力: 東京に最も近いため、旧帝大である東大との交流・競争が激しい環境で磨かれてきました。がん治療(免疫療法)や先進的な臨床診断に強く、関東圏の国立大学医学部の中でも一線を画すブランド力を持ちます。首都圏の多くの基幹病院に医局員を派遣しており、その支配力は極めて強大です。
金沢大学(旧金沢医科大学)
- 設立の経緯: 江戸時代の加賀藩における種痘所にルーツを持ちます。1923年に昇格しました。
- 影響力: 「北陸の東大」とも称される学都・金沢を象徴する存在です。伝統的に基礎医学の研究レベルが高く、がん研究や内分泌代謝の分野で多くの業績を上げています。石川、富山、福井の北陸三県において最強の医局・同門会(十全同窓会)を形成し、地域医療を掌握しています。
長崎大学(旧長崎医科大学)
- 設立の経緯: 1857年、オランダ人医師ポンペ・ファン・メーデルフォールトによる「医学伝習所」が起源。日本における近代西洋医学発祥の地です。
- 影響力: その歴史的背景から、熱帯医学・感染症分野では世界的な権威です。また、被爆地にある医大として放射線医療研究も世界トップレベルです。長崎県のみならず、その専門性からグローバルな医療政策にも強い影響力を持っています。
熊本大学(旧熊本医科大学)
- 設立の経緯: 1756年の藩校「再春館」に遡る伝統を持ちます。1922年に県立から官立(国立)へ移管され昇格しました。
- 影響力: 九州において九州大学に次ぐ勢力を誇ります。北里柴三郎を輩出した「医の伝統」が息づいており、免疫学、発生医学、エイズ研究などで最先端を走っています。熊本県内はもとより、南九州の医療体制の維持に欠かせない、地域医療の司令塔です。
現代における「旧六」の存在感
現在、日本の医学部には82校がありますが、旧六医大は今なお以下の3点において特別な地位を占めています。
- 強固な「医局」ネットワーク: 各地域において数十年、百数十年にわたり医師を供給し続けてきたため、関連病院の数と質が他を圧倒しています。
- 研究の専門性: 脳、がん、感染症、免疫など、各校が世界に誇る独自の強みを持っています。
- 高い偏差値とブランド: 受験界でも「難関国立医学部」として認識されており、卒業生は全国の医療現場でリーダーとして活躍しています。
「旧六」は、単なる歴史ある大学というだけでなく、日本の地域医療のインフラそのものを支える、今も現役の「医学界のエリート集団」なのです。
