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医師免許を生かす!臨床以外で活躍する医師たちの進路と実例【令和版】

医師国家試験に合格すると、ほとんどの人は臨床医として病院や診療所で働く道を選びます。実際、2022年の調査では、医師として届け出ている人のうち約95.4%が医療施設で従事していると報告されています。しかし一方で、残りの数%には臨床以外のフィールドでその医師資格と医学知識を活かして活躍する人々が存在します。医師免許は医療現場だけの切符ではなく、社会のさまざまな場面で力を発揮できる資格なのです。

ここでは、臨床医とは異なる具体的な医師の職業を取り上げ、その仕事内容や求められる資質、やりがい、直面する課題について丁寧に解説します。また、昭和、平成、令和の各時代ごとに、医師国家試験に合格した後に医療とは異なる分野で活躍した著名人の事例を紹介します。医師国家試験の合格が持つ意義を、臨床以外のキャリアという視点から再評価し、これから医師を目指す学生さんやその保護者、一般の方々にも分かりやすいようにまとめます。

それでは、まずは臨床現場以外で医師が活躍できる職業について見ていきましょう。

臨床以外で活躍する医師の職業例

医師免許を取得したからといって、必ずしも病院の臨床医として働くとは限りません。実際、医学部卒業後に20人に1人程度(約5%)は、臨床医以外のキャリアに進んでいるとの報告がありますs。ここでは、医師国家試験に合格した医師が選択できる臨床以外の主な職業について具体例を挙げます。

刑務所医師(矯正医官)

仕事内容: 刑務所医師は、正式には「矯正医官(きょうせいいかん)」と呼ばれ、法務省に所属する国家公務員の医師です。全国の刑務所や少年院などの矯正施設には医療を行う診療所や医務室が設置されており、矯正医官はそこの管理者として受刑者・被収容者の健康診断や病気の治療を担当します 。施設内の衛生管理や、専門的な治療が必要な患者の対応(必要に応じて他施設への移送を含む)も重要な役割です。つまり、受刑者や非行少年たちの「主治医」として日常的な診療や感染症対策にあたる仕事です。

求められる資質: 刑務所医師には、幅広い一般診療のスキルとともに、限られた医療資源の中で適切な判断を下す力が求められます。ときには周囲に専門医がいない環境で一人で対応する必要もあるため、高い総合診療能力や判断力が必要です。また、受刑者という特殊な立場の患者に対して偏見なく接する誠実さや、精神疾患・依存症などを抱える人にも対応できる理解力も欠かせません。治安を守る刑務官とも協力しながら診療を行うため、チームワークやコミュニケーション能力も重要です。

やりがい: 矯正医官の仕事は、社会の陰の部分を支える重要な医療です。受刑者の中には適切な治療や健康管理によって更生への第一歩を踏み出す人もおり、医療を通じて人間の再出発を支援できることに大きなやりがいがあります。また国家公務員の身分であるため福利厚生が充実しており、育児休暇や短時間勤務などワークライフバランスを実現する制度も整っています。民間の病院勤務医に比べれば当直も少なく規則的な勤務が可能な点は、長く働く上でのメリットでしょう。さらに、公務員でありながら副業が認められている点も矯正医官の特徴で、業務時間外に地域医療に携わったり研究活動を行ったりと、自らの可能性を広げることもできます 。

課題・大変な点: 一方で、刑務所医師ならではの難しさも存在します。まず、患者である受刑者は一般社会から隔離された状況にあり、持病の悪化や刑務作業中の外傷など、多様な健康問題が起こりえます。医療設備や人手が限られる中で対応しなければならないプレッシャーがあります。また治療に際してはセキュリティ上の制約もあり、危険防止のため器具の取り扱いに注意したり、行動に制限がある患者との信頼関係構築に工夫が必要だったりします。さらに、一般の臨床医と比べ症例報告や学会交流の機会が少なく、医師コミュニティの中で孤立しがちという指摘もあります(矯正医官の募集は常に行われていますが、医師不足が課題となっている背景にはこうした要因もあるようです)。しかし近年では待遇改善や研修制度の充実も図られており、「社会に不可欠な医療」として注目されつつあります。特殊な環境ゆえの困難はありますが、それ以上に社会正義の実現に寄与できる尊い仕事だと言えるでしょう。

検視官・監察医(法医学者)

仕事内容: 「検視官(けんしかん)」という言葉はテレビドラマなどで耳にすることがあります。厳密には検視官は警察官の一役職であり、病院外で人が亡くなった際に現場で死因や事件性の有無を調べる担当者を指します (医師免許は不要で、警部以上の警察官から選抜されます )。一方、実際に遺体を解剖して医学的に死因を究明するのは監察医(かんさつい)や法医学者と呼ばれる医師たちです。監察医・法医学者は、司法解剖を通じて事件性のある死亡や原因不明の死亡の真相解明にあたる専門職です。彼らは警察や検察からの依頼を受け、遺体の解剖、毒物検査、DNA鑑定などを行い、死亡時の状況や死因について医学的な判断を下します 。例えば事件性が疑われる変死事案では、法医学者の解剖所見が事件捜査の糸口となることもしばしばあります。監察医は主に行政機関(監察医務院や一部の大学法医学教室)に属し、警察の検視官と連携しながら死因究明にあたります。

求められる資質: 法医学を担う医師には、臨床医とはまた異なる資質が必要です。まず第一に、遺体を直接扱う仕事であるため強い精神力と使命感が求められます。「亡くなった方の声なき声を代弁する」という覚悟と倫理観が不可欠です。また、解剖所見や証拠をもとに死因を推定する論理的思考力・観察力も重要です。法医学者は最終的に所見を法廷で証言したり報告書にまとめたりする責務があるため、医学的事実を客観的かつ説得力のある形で伝える表現力・コミュニケーション力も必要になります。加えて、警察・検察など他分野の専門家と協働するため、他職種との調整力やチームワークも大切です。

やりがい: 法医学者・監察医の仕事は、直接「命を救う」ものではありません。しかし、「死因の究明」という形で社会正義の維持や遺族の無念を晴らすことにつながる極めて重要な役割です。事件や事故の真相解明に貢献し、時には冤罪を防いだり加害者の処罰につなげたりすることで、社会に与える影響は計り知れません。また、日本では法医学を専門とする医師はまだ少なく、「医学のブルーオーシャン」とも称される分野です。人数が少ない分だけ一人ひとりの裁量が大きく、一つ一つの症例から多くを学べるため、尽きない探究心と高い専門性を持って働き続けることができます。ある法医学者は「死者の声を生者に伝える唯一の伝達者」という言葉で自らの仕事を表現しています 。自分の分析や証言によって真実が明らかになったとき、大きな充実感が得られるでしょう。

課題・大変な点: 一方で、法医学者の仕事にはいくつもの困難も伴います。まず、遺体の状況によっては過酷な解剖作業になる場合もあり、体力的・精神的ストレスは小さくありません。また臨床医のように患者やその家族から感謝される機会は少なく、地味な裏方仕事と感じる場面もあるかもしれません。さらに、専門人材が少ないゆえに一人当たりの負担が大きいことも課題です。都市部の監察医務院などでは年間何百体もの解剖を限られた人数でこなしており、慢性的な人手不足が指摘されています 。待遇面でも、臨床の第一線と比べると必ずしも高給ではなく、地方によってはポスト自体が限られる場合もあります 。それでも、「亡くなった方のために真実を解き明かす」という使命に燃える法医学者たちによって、この分野は支えられています。医師として培った知識を法の領域で活かすこの仕事は、人々の最後のメッセージを社会に役立てる尊い使命と言えるでしょう。

産業医(企業内医師)

仕事内容: 産業医は、民間企業などに勤務し、そこで働く労働者の健康管理や職場の衛生環境の維持増進を担う医師です。具体的には、従業員の定期健康診断の実施やその事後フォロー、長時間労働者への面談指導、メンタルヘルス対策の相談対応、職場の作業環境巡視と改善提言などが主な業務となります。労働安全衛生法により、常時50人以上の労働者を使用する事業場では1名以上の産業医を選任することが義務付けられており、企業規模によっては専属の産業医が社内に常勤するケースもあります。産業医は企業の「社内のお医者さん」として、従業員が安全かつ健康的に働けるようサポートする役割を果たしています。

求められる資質: 産業医に求められるのは、医学的知見だけではありません。まず、職場の労働環境や関連法規(労働安全衛生法など)に関する専門知識が必要です 。臨床医とは異なり、予防医学や労働衛生に重点を置く視点が求められるため、この分野の知識を身につけていることが望まれます。また、企業経営陣や人事部とのやり取りも多いため、医学的見地から適切な助言を行いつつ相手に納得してもらうコミュニケーション能力や説明力も重要です。従業員一人ひとりと向き合う面談では、健康相談のみならず職場や家庭での悩みを聞くこともあるため、傾聴力や共感力も求められます。さらに、「先生」としてではなく企業の一員(従業員)という立場で働くため、組織のルールに則り円滑に業務を進められる協調性も必要でしょう。

やりがい: 産業医のやりがいは、何と言っても労働者の健康を守ることで間接的に社会に貢献できる点です。従業員が元気に働けることは本人のみならず会社全体の生産性向上につながり、ひいては社会経済の発展にも寄与します。例えば、産業医が過重労働者への面談指導を行い適切な措置をとったことで過労死を未然に防げた、というケースもあります。また、企業勤務であるため夜間の呼び出しや緊急手術といった業務は基本的になく、オンオフのはっきりした働き方ができる点も魅力です。土日祝日が休みで残業も少ない企業も多く、医師として働きながら自分の時間や家族との時間を確保しやすいでしょう。さらに、企業によっては健康増進プロジェクトに携わったり、メンタルヘルスケアの仕組みを構築したりと、創造的な取り組みができる機会もあります。医療行為だけに留まらず「予防と健康づくり」という広い視野で活躍できる点に、産業医ならではのやりがいがあります。

課題・大変な点: 一方で、産業医には独特の難しさもあります。まず、企業の産業医として働くためには医師免許の他に所定の研修受講または試験合格が必要で 、一般臨床医からの転身には追加の資格取得が求められます。また、現場では従業員と経営側という相反する立場の間で板挟みになることもあります。従業員の健康を最優先に考えるあまり会社に厳しい提言をすると受け入れてもらえないことがある一方、会社側の意向を重視しすぎると今度は労働者の信頼を得られなくなってしまいます。このバランス調整は産業医の腕の見せ所でもありますが、難しい面でもあります。さらに、臨床現場とは異なり病気を治療する機会は少なく、「医師として物足りない」と感じる人もいるかもしれません。しかし近年は、働き方改革やメンタルヘルス重視の流れで産業医の重要性は増しています。専門性を高めることで企業から厚く信頼され、社内で唯一の医療専門職として自律的に活躍できるのが産業医の醍醐味とも言えるでしょう。

行政医官・医系技官(政府・行政機関で働く医師)

仕事内容: 行政の分野でも医師資格を持つ人材が数多く活躍しています。代表的なのは厚生労働省の医系技官(いけいぎかん)です。医系技官とは、医師免許や歯科医師免許を持ち、その専門知識を活かして人々の健康増進のための制度づくりに携わる技術系の行政官を指します。厚生労働省本省のほか、傘下の研究所・検疫所・地方厚生局などに配属され、国民の健康を守るための法律や政策、予算の立案に関わります。例えば、医系技官は感染症対策のガイドライン策定や医療制度改革の立案、医薬品の承認審査プロセスの整備などに深く関与します。また、厚労省以外でも、各都道府県の医療政策担当部署や保健所の公衆衛生医師として医師が行政の現場を支えているケースがあります。こうした行政医官たちは、一人ひとりの患者を診療する代わりに、より広い視点で社会全体の健康課題に取り組む仕事を担っているのです。

求められる資質: 行政の世界で働く医師には、臨床医とは違った能力が必要です。まず、大前提として政策立案能力や法律、制度に対する知識が求められます。医学知識を社会制度に落とし込むため、医療行政や公衆衛生に関する幅広い知見が必要です。また、国や自治体の職員として多職種・多領域の人々と協働するため、調整力や折衝力も重要です。自らの専門意見を主張しつつ、他の専門家や政治家の意見も取り入れ合意形成を図る能力が問われます。加えて、患者さん相手ではなく国民全体や制度を対象とするため、データ分析に基づき客観的に物事を判断する力、そして将来を見据えたマネジメント視点も欠かせません。医師としての現場経験がある場合でも、それを抽象度高く社会全体の問題として捉え直すことが求められます。

やりがい: 行政医官の仕事の魅力は、何と言っても影響力の大きさです。自分が関わった法律や制度が形になれば、何万人何百万人という単位で人々の健康や暮らしに良い変化をもたらす可能性があります。例えば、医系技官が中心となってある疾患の予防対策プログラムを策定し全国で実施された結果、将来的な患者数を大幅に減らせるかもしれません。こうしたマクロな視点で医療に貢献できるのは行政ならではです。また、国の政策決定に医師としての専門性を反映させることで、現場の医療従事者や患者の声を政策に届けられるという醍醐味もあります。近年では新型感染症対策や医師の働き方改革など、医師出身の官僚が中心となって取り組む課題も増えており、自分の手で社会を良い方向に動かしているという実感を持てるでしょう。さらに、公務員として安定した身分や福利厚生が得られる点もメリットです。民間勤務の医師に比べれば給与水準は必ずしも高くありませんが、長期的なキャリア形成やワークライフバランスの面では優れています。試験に合格するハードルは高いものの、その分国家規模のプロジェクトに関われるやりがいは大きいと言えます。

課題・大変な点: 一方で、行政医官として働くにはいくつかの挑戦があります。まず、医師国家試験の合格だけでなく国家公務員試験にも合格しなければならず、狭き門を突破する必要があります。また、霞が関(中央官庁)に代表されるように多忙な職場環境であることも事実です。夜遅くまで立案作業や調整業務に追われることもあり、臨床現場とは異なる意味での激務になる可能性があります。ただしこれはポジションや部署によりますし、医系技官の場合は専門職ゆえに一定の配慮がなされている面もあります。さらに、政策はすぐに成果が現れるとは限らず、長期的視野で粘り強く取り組む忍耐力が必要です。自分の関与した施策が必ずしも採用されなかったり、政治的判断で方向転換を迫られたりすることもあります。それでも、「医師」というバックグラウンドを持つことで現場感覚を行政に注入し、より実効性のある政策につなげられる点に意義があります。一人の医師の経験が国の医療を変える力になりうる、そsれが行政医官の仕事の醍醐味であり、乗り越える価値のある挑戦と言えます。

国際医療支援(海外で活躍する医師)

仕事内容: 医師免許を持って世界に飛び出し、発展途上国や災害被災地などで医療支援を行う道もあります。具体的には、国境なき医師団(MSF)のような国際NGOに参加して紛争地や貧困地域で医療を提供したり、JICA(国際協力機構)の海外協力隊の一員として開発途上国の病院で指導医として働いたり、WHOなどの国際機関に職員として就職して公衆衛生プロジェクトに従事したりするケースがあります。また、近年増えている自然災害や感染症のアウトブレイクの際に国際緊急援助隊の医療チームとして派遣されることもあります。国際医療支援に関わる医師は、言わば「世界の現場のドクター」として、日本国内では満たされない医療ニーズに応えるべく奔走しています。例えば内戦下の難民キャンプで救急医療を行ったり、アフリカの辺地で住民に予防接種を広めたり、東南アジアで母子保健の仕組み作りに携わったりと、その活動内容は多岐にわたります。

求められる資質: 国際医療支援に飛び込む医師には、まず高い専門性と臨床力が求められます。医療資源が乏しい現地で適切な診断、治療を行うには、総合的な臨床知識と経験が不可欠です。また、言葉や文化の違う土地で活動するための語学力(主に英語、地域によっては現地語)も必要です。異文化への理解と適応力、柔軟なコミュニケーション能力も大切です。さらに、危険と隣り合わせの環境に赴くケースもあるため、強い使命感と自己犠牲も厭わない覚悟が求められます。「なぜ自分はそこで医療をするのか」という確固とした信念がなければ、困難を乗り越え続けるのは難しいでしょう。加えて、限られた資源の中で創意工夫する力、問題解決能力、そしてチームで協働する協調性も重要です。現地では医師だけでなく看護師やコーディネーター、時には現地住民とも協力しながらプロジェクトを進めるため、リーダーシップと同時にチームメンバーへの配慮も求められます。

やりがい: 国際医療支援に携わる医師のやりがいは非常に大きいと言えます。医療の届かない地域で自分が治療したことで救われる命が確実に存在するという実感は、この上ない達成感につながります。日本では当たり前の医療がない場所で活動すると、医師としての存在意義を強く感じるといいます。また、医療だけでなく井戸掘りや栄養改善など生活基盤への支援を組み合わせ、コミュニティ全体の健康状態を向上させていく過程に関われるのも醍醐味です。例えば、アフガニスタンで長年医療と井戸掘りによる給水支援に尽力した中村哲医師のように、地域に「命の水と緑の大地」を取り戻した事例もあります。自らの手で作った用水路によって飢えや病気で苦しむ人々を減らせたことは、医師としてだけでなく人間として大きなやりがいでしょう。さらに、異文化の人々と心を通わせながら協力する中で得られる学びや感動も計り知れません。国や民族の違いを超えて「人を助ける」という普遍の使命を果たす経験は、医師人生の宝物となるはずです。

課題・大変な点: もっとも、国際医療支援には厳しい現実も伴います。まず、危険地域での活動では身の安全のリスクがつきまといます。実際、中村哲医師は2019年に現地で襲撃を受けて命を落とされました。こうしたリスクを理解しつつ、それでも支援を続ける覚悟が必要です。また、収入面でも国内の医師職に比べると低かったり不安定だったりする場合が多く、生活基盤をどう維持するかという課題もあります。長期間海外に赴くことで日本の医療現場から離れるため、キャリアの継続性に不安を感じる人もいるでしょう。それでも、「それでもやりたい」と思わせる強い動機がこの分野には存在します。国際医療協力は収入や安定と引き換えに得られるやりがいが非常に大きく 、実際に多くの医師が自ら志願して飛び込んでいます。活動を終えて日本に戻った後も、その経験を活かして国内で多文化共生医療や災害医療に携わったり、後進育成に努めたりする人もいます。「医師国家試験に受かったからこそできる国際貢献」がある、そう信じる医師たちによって、今日も世界のどこかで尊い命が救われているのです。

以上、臨床の現場とは異なるフィールドで活躍する医師の職業について見てきました。刑務所医師、法医学者、産業医、行政医官、国際医療支援と、それぞれに専門性や求められる資質、やりがいがあり、同時に課題も存在します。次の章では、実際に医師国家試験に合格した後にこうした臨床以外の道へ進み、大きな功績を残した著名人の事例を時代ごとに紹介します。医師のキャリアの多様性を、具体的な人物像から感じ取ってみてください。

医療の枠を超えて活躍した医師たち(昭和・平成・令和)

医師国家試験に合格した後、臨床医とは異なる分野で才能を発揮した著名人は数多く存在します。ここでは昭和、平成、令和の各時代ごとに、そのような人物の例を挙げて簡潔に紹介します。彼らは医師というバックグラウンドを持ちながら、政治や文学、芸能、ビジネスなど多彩な世界で活躍し、医師資格との意外な関係性も注目されました。

昭和時代(1926~1989)


• 手塚 治虫(てづか おさむ)漫画家・アニメーション作家。1928年生まれ。大阪大学附属医学専門部(現在の大阪大学医学部)に学び、在学中から漫画家としてデビュー。医学の道も捨てずに1953年に医師免許を取得し 、後に医学博士号も取得しています。しかし本人は「本業は医者で、副業が漫画」と冗談交じりに語るほど漫画創作に情熱を注ぎ、『鉄腕アトム』『ブラック・ジャック』など数々の名作を生み出しました 。医学の知識は作品にも活かされており、『ブラック・ジャック』では天才外科医を主人公に据え、手術シーンの描写にリアリティを与えました。医師免許を持つ漫画家というユニークな経歴で、「マンガの神様」と称される昭和を代表する文化人です。
• 渡辺 淳一(わたなべ じゅんいち)小説家。1933年生まれ。札幌医科大学医学部を卒業後、整形外科医として勤務していましたが、医師のかたわら小説を執筆し続けましたs。1970年、医療を題材にした小説『光と影』で直木賞を受賞し、一躍文壇に躍り出ます 。その後医師を退き執筆活動に専念。官能的な作風の恋愛小説や医学をテーマにした作品で数々のベストセラーを生みました。代表作『失楽園』(1997年)は社会現象となり、映画やドラマ化も。医学博士の肩書を持つ作家として、医学知識を背景に人間の生と死、愛を描いた作品は読者を魅了しました。医師としての経験は作品の写実性に厚みを与え、昭和から平成にかけて日本を代表する作家です。
• 中山 太郎(なかやま たろう)政治家。1924年生まれ(2023年逝去)。大阪大学医学部を卒業し医師免許を取得したのち政界に転じた異色の経歴を持ちます。医師から参議院議員となり、後に衆議院議員へ鞍替え。当選後は外交・科学技術政策に精通した政治家として活躍し、1989年には外務大臣(第112代)に就任しました。98歳まで長命を保ちましたが、その間も「医者で外務大臣を務めた政治家」として知られ、臓器移植法の整備など医療政策にも関与しました。医学博士でもあり、公衆衛生の知見を政治の場で活かした先駆けです。

平成時代(1989~2019)


• 西川 史子(にしかわ あやこ)タレント・美容外科医。1971年生まれ。聖マリアンナ医科大学在学中にミス日本コンテストでフォトジェニック賞を受賞し、芸能界デビュー。1996年に医師国家試験に合格し 、整形外科医として勤務する一方でテレビのバラエティ番組にも出演し始めました。歯に衣着せぬトークと美貌で人気を博し、「美人女医タレント」という新しいポジションを確立しました。芸能活動と並行してクリニックでの診療も続け、医師としての信念を貫いています。2020年代に入り芸能活動をセーブし本業の美容医療に注力していますが、医師資格を持つ有名人として平成のメディアを彩りました。
• 徳田 虎雄(とくだ とらお)実業家・政治家。1938年生まれ。大阪大学医学部卒業後、外科医として働いていましたが、1973年に「いつでも誰でもが安心して受診できる病院を作る」という理想のもと医療法人徳洲会を設立。わずか数十年で全国に病院・診療所グループを次々と開設し、「日本の病院王」と呼ばれる存在となりました 。その後、医療政策の実現を目指し政界にも進出。1990年に衆議院議員に初当選し以後4期務め、自由連合という政党の代表も務めました 。政界引退後もALS(筋萎縮性側索硬化症)を患いながら、病床からグループ病院の経営指示を続けた執念は伝説的です 。医師免許を持つ起業家として、医療界にビジネスの手法を持ち込み、なおかつ政治の場でも医療改革に挑んだ人物と言えます。
• 海堂 尊(かいどう たける)小説家・医師。1961年生まれ。平成を代表する医療ミステリー作家です。千葉大医学部卒の医師で、病理医として勤務する傍ら執筆活動を行い、2006年『チーム・バチスタの栄光』でデビュー。同作が大ヒットし映画化・ドラマ化され、ブームを巻き起こしました。続編や関連作も次々と発表し、「チーム・バチスタ」シリーズは累計数百万部のベストセラーです。医師としてのリアルな知見を活かした緻密な医療描写とミステリー要素を融合させた作風が特徴で、一般読者にもいわゆる「病院の闇」や医療制度の問題を提起しました。作家デビュー後もしばらく医師として勤務していましたが、やがて創作に専念するため退職。以降も精力的に作品を発表し続けています。現役医師から人気作家への転身というキャリアは、医師免許が生んだ独特の視点が評価された好例でしょう。

令和時代(2019~)


• 大石 賢吾(おおいし けんご) 政治家(現職知事)。1980年生まれ。医学部卒業後に臨床医を経て厚生労働省の医系技官となり、その後地元長崎県のために働きたいと政治家に転身した異色の人物です。2022年、41歳の若さで長崎県知事に初当選し、現職知事としては全国唯一の医学部出身者となりました 。医師として地域医療に携わる中で行政の限界を感じ、「それなら自分が政治を動かそう」と志したエピソードはメディアでも話題に。知事就任後はコロナ禍の対応や医療体制強化などでリーダーシップを発揮し、医師時代の経験が政策に活かされています。医師免許を持つ知事として、令和の新しいリーダー像を体現している人物です。
• 知念 実希人(ちねん みきと)小説家・内科医。1978年生まれ。令和時代にますます注目を集める医師作家です。東京慈恵会医科大学を卒業し2004年に医師国家試験に合格 、内科医として勤務する傍ら執筆活動を続け、2012年に医療ミステリー小説でデビュー。以降、『仮面病棟』『崩れる脳を抱きしめて』『祈りのカルテ』など著作が次々と映像化・漫画化されるヒット作家です。特に近年(2018~2024年)に発表した作品が本屋大賞に連続ノミネートされるなど 、令和の書店を賑わせるベストセラー作家の一人です。現在も非常勤医師として病院勤務を続けながら執筆しており、「小説を書くために内科医になった」というユニークなエピソードも持ちます。医師としての豊富な知識・経験をストーリーに盛り込みつつ、医療の枠を超えたエンターテインメント作品で多くの読者を魅了しています。まさに令和時代の現役医師作家として、今後のさらなる活躍が期待されています。
• 自見 はなこ(じみ はなこ)政治家(参議院議員)。1976年生まれ。産婦人科医から政界に挑戦した女性です。東京大学医学部を卒業後、産婦人科医として臨床に従事。その後2016年に厚生労働省の参与に就任し、医療政策に関わりました。2019年、参議院議員選挙に初当選し国政の場へ。以降、与党議員として医療政策や子育て支援策で積極的に提言を行っています。コロナ禍では医師の知見を活かし政府与党の一員として対策に奔走しました。医師資格を持つ女性国会議員として、その専門性と現場感覚を政治に活かしている人物です。同じく医師出身の政治家は他にも複数いますが、自見氏は令和時代に台頭した代表的存在と言えるでしょう。

以上、昭和、平成、令和それぞれの時代で医師免許を持ちながら異分野で活躍した人物の例をご紹介しました。漫画の神様からベストセラー作家、県知事に至るまで、その活躍のフィールドは実に多様です。共通しているのは「医師として培ったものを別の形で社会に還元した」という点でしょう。彼らの歩みは、医師国家試験の合格がキャリアの可能性を大きく広げることを示しています。

臨床以外のキャリアから見る医師国家試験

医師国家試験に合格することは、単に臨床医として働く資格を得るだけでなく、人生の選択肢を大きく広げる意味合いを持っています。臨床以外のキャリアから改めてその価値を考えると、以下のようなポイントが浮かび上がります。
• 専門知識と信頼性の担保: 医師免許は高度な医学知識と技能を修めた証であり、その肩書はどの分野においても一定の信頼性や権威を与えてくれます。政治の場で医師出身の議員が発言すれば専門的見地として耳を傾けてもらいやすく、作家やジャーナリストとして執筆する際も医学的な裏付けが内容に深みを持たせます。「国家資格を持つ○○」という肩書は社会で活動する上で大きな強みです。
• 幅広い視野と問題解決力: 医学を修め臨床経験を積む中で、科学的思考や問題解決能力、困難に立ち向かう忍耐力が養われます。それらは臨床以外の仕事でも十分応用可能です。実際、医師から官僚や経営者に転身した人々は、診断や治療計画で培った論理的思考を政策立案や経営判断に活かしています。医学という人間の生老病死に関わる学問を極めたことで得た幅広い視野は、どんな職業に就いても貴重な財産となるでしょう。
• 社会貢献の多様な形: 医師国家試験の合格者は臨床医として患者を救うのはもちろん、別の立場から医療や福祉に貢献することもできます。例えば医師議員が医療制度を改革したり、医師作家が医療現場の実情を小説に描いて社会に問題提起したり、医師起業家がヘルステック(医療×IT)ベンチャーで革新的サービスを生み出したりと、その貢献の形は様々です。「聴診器を scalp(聴診器)からペンやマイク、政策立案の場へと持ち替えても、根底にある『人の健康と幸せに寄与したい』という思いは同じ」という人もいます。臨床以外のフィールドでも、医師免許を持つ人ならではの社会へのアプローチが可能なのです。
• キャリアの安心感と柔軟性: 医師国家試験に合格し免許を持っていれば、たとえ一度他の道に進んでも必要に応じて臨床に戻ることも(一定の研修等は必要ですが)できます。実際に作家活動や研究に専念していた医師が、途中で臨床現場に復帰した例もあります。資格があることはキャリアのセーフティネットになり、思い切って新分野にチャレンジする精神的支えにもなります。また非常勤やボランティアで診療を続けながら他分野の活動と両立するなど、柔軟な働き方も可能です。医学部を卒業しても必ずしも医師にならない人が一定数いる現状は既に述べましたが 、彼らの多くは医師免許を保有することで専門性を保持しつつ新天地で活躍しています。
• 人々との繋がり: 医師という職業は人間の生命に関わる尊い仕事であり、その経験を持つ人への社会的な尊敬や期待も大きいものがあります。医師資格を持つことで広がる人脈やネットワークもあるでしょう。臨床医同士の繋がりはもちろん、異業種交流の場でも「元医師」という経歴が話題となり、多様な人々と信頼関係を築くきっかけになります。そうした繋がりから新たな協働や挑戦が生まれることも十分に考えられます。

最後に強調したいのは、医師国家試験に合格するまでの過程自体が貴重な財産だということです。6年間の医学教育と難関試験の突破は、知識と思考力だけでなく、人の命に向き合う責任感や倫理観を育んでくれます。そのプロセスで得たものは、たとえ臨床医にならなくとも、1人の社会人、1人の人間として揺るぎない芯となるでしょう。医師免許とは「医師という職業に就くための資格」であると同時に、「高度な専門家として社会に貢献しうる人材」であることの証明でもあります。

医師国家試験に合格する意義を臨床以外のキャリアから見つめ直すとき、そこには「人々の健康と幸福に寄与したい」という普遍的な使命と、それを形にする多彩なルートが見えてきます。臨床医、研究者、政治家、作家、起業家、道が違っていても、根底にある情熱は同じです。医学部生や若い医師の中には進路に迷う方もいるかもしれません。しかし、自らの可能性を狭める必要はありません。医師国家試験の合格という大きな節目を手にしたなら、それを土台に自分らしいキャリアを自由に描いてください。それこそが、この資格が持つ真の価値であるとわたしは思います。

医師国家試験を目指す受験生のみなさん、そして支えるご家族のみなさまも、「医師=臨床医」だけではない世界があることを知っていただきたいと思います。その上で臨床の道に進むにせよ別の道を選ぶにせよ、志は高く、そしてしなやかに。医師という資格を持つ一人ひとりが多方面で活躍することは、未来の日本社会にとって大きな影響を持つことになりますs。


(出典)
• 厚生労働省「医系技官とは」
• 法務省「矯正医官ってどんな仕事?」
• 医師転職求人サイトMRT「医師免許でできる他業種の仕事9選」
• 医学部予備校 医進の会「医学部卒業後に医者にならない人の割合」
• QuizKnockコラム「医学部を卒業していた偉人」
• 国際メンタルイノベーション協会「中村哲医師の功績」
• 民間医局キャリアコラム「法医学者のやりがい(垣本由布氏インタビュー)」



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