2022年に滋賀県の大津市民病院で発生した、京都大学(京大)系医師らによる一斉退職と医局の引き揚げ事案。この混乱から病院がどのように再生を図り、大学との関係を再構築していったのか。第三者委員会の報告書の内容と、その後の修復への取り組みを軸に、事案の全容をまとめました。
2022年、大津市の地域医療の中核を担う大津市民病院において、消化器外科を中心とした医師らが相次いで退職する事態が発生しました。派遣元である京都大学が医師の引き揚げを決定したこの騒動は、病院経営と大学医局の協力関係のあり方を問う象徴的な事件となりました。
目次
1. 事案の端緒:経営改革と現場の摩擦
2021年、同病院は経営健全化を目指し、外部から理事長・院長を招へいする新体制を発足させました。新経営陣は「手術件数の増加」や「収益性の向上」を急進的に進めましたが、このトップダウンの手法が現場医師との間に深刻な軋轢を生じさせました。
2022年初頭、外科の中核を担う医師たちが「過度なノルマ」や「強引な運営」を理由に退職の意向を表明。事態は地域医療の停滞を招く深刻な局面へと突入しました。
2. 第三者委員会報告書による事実解明
事態を受けて設置された「外部調査委員会(第三者委員会)」は、2022年7月に調査報告書を公表しました。そこでは、混乱を招いた要因が客観的に分析されています。
- コミュニケーションの機能不全: 経営陣の言動について、法的な「パワーハラスメント」とまでは断定されなかったものの、現場医師に対して「高圧的で配慮を欠くもの」であったと指摘されました。
- 人事プロセスの不備: 最大の要因とされたのが、外科診療科長の人事を巡る不透明なプロセスです。派遣元である京都大学への事前相談や合意形成がないまま人事を進めようとしたことが、大学側の強い不信感を招いたと結論付けられました。
- 組織ガバナンスの欠如: 経営の論理を優先するあまり、大学医局との信頼関係に基づく「医師派遣システム」の構造を軽視したことが、一斉引き揚げの引き金となったと分析されました。
3. 大学との関係修復と組織の再建
事案後、病院は崩壊した医療体制を立て直すべく、抜本的な改革に着手しました。
① 経営陣の一新
2022年4月から順次、混乱の責任を取る形で当時の理事長と院長が退任。新たに、地元・滋賀県の医療事情に精通した済生会滋賀県病院の前院長や、滋賀医科大学の教授を新体制のリーダーに迎えました。これにより、現場との対話と地域連携を重視する姿勢を明確にしました。
② 医師派遣元の多角化と連携強化
京都大学との関係については、誠実な協議を重ねる一方で、特定の大学に過度に依存する体制を見直しました。
- 新たな連携: 滋賀医科大学や大阪医科薬科大学など、近隣の複数大学から医師の派遣を受ける体制へと移行。これにより、一大学の意向で病院機能が停止するリスクを分散させました。
- 信頼の再構築: 大学側とは、定期的な協議の場を設けるなど「人事や教育に関する透明性」を確保し、かつての信頼関係を地道に修復する努力が続けられています。
③ 職場環境の改善
二度とハラスメントの疑念を持たれないよう、外部通報窓口の設置やコンプライアンス研修の徹底、さらに「医師の働き方改革」に基づいた適切な労務管理が導入されました。
4. まとめと現在の状況
大津市民病院の事案は、病院経営において「数値目標」と「現場の信頼」のバランスがいかに重要であるかを浮き彫りにしました。現在は、特定の大学の「学閥」に縛られない開かれた病院運営を目指し、滋賀県内の医療機関との連携も強化されています。2025年には「地域包括医療病棟」を新設するなど、騒動の教訓を糧に「市民のための病院」としての再定義が進んでいます。
