近年、私立医学部の入試では一般選抜枠(一般入試による募集人員)が縮小し、推薦入試やAO入試(総合型選抜)の募集枠が拡大する傾向が顕著です。過去10年のデータを検証すると、2016年度には私立医学部全体の募集定員約3,300名のうちAO・推薦入試枠は約330名程度(約1割)に過ぎませんでした。
しかし2020年代に入りAO・推薦枠は年々拡大し、多くの大学で一般選抜以外の入学者比率が大幅に増加しています。文部科学省の調査によれば、大学入試全体では2021年度に一般選抜と推薦・AOの逆転が起こり、2023年度には私立大学では入学者の6割近くが推薦・AO入試で入学している状況です。
医学部も例外ではなく、現在私立医学部30校中28校が何らかの推薦・AO入試を実施(私立で未実施は自治医科大と慈恵医大のみ)するまでになりました。
以下、順天堂大学、昭和大学、東邦大学、近畿大学、金沢医科大学、愛知医科大学、藤田医科大学といった代表的な大学の定員推移を示し、この傾向を具体的な数字で検証します。
大学別の一般入試・推薦/AO入試定員推移(過去10年)
各大学の一般選抜(一般入試)による募集人員と、推薦・AO入試(総合型・学校推薦型選抜)による募集人員がこの10年でどのように変化したかを示します。表:主要私立医学部の一般枠と推薦/AO枠の定員(概数)比較:
大学 | 2015年前後の一般入試定員 | 2015年前後の推薦/AO定員 | 2024年度一般入試定員 | 2024年度推薦/AO定員 |
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順天堂大学 | 約120名 | 0名 | 69名 | 62名 |
昭和大学 | 約115名 | 0名 | 約117名 | 12名(特別協定校推薦) |
東邦大学 | 約90名 | 0名 | 約75名 | 約20~25名(附属校推薦など) |
近畿大学 | 約90名 | 約30名 | 60名 | 38名(推薦25名+地域枠13名) |
金沢医科大学 | 約80名 | 約40名 | 約80名 | 約40名(AO15名、推薦20名ほか) |
愛知医科大学 | 約95名 | 約25名 | 約70名 | 約30名(推薦20名+地域枠等) |
藤田医科大学 | 約100名 | 約20名 | 約98名 | 約22名(AO15名+地域枠等) |
注:2015年前後の定員は2014~2016年頃のデータに基づく概算。2024年度の定員は募集要項等から算出(地域枠など一般入試以外の枠を推薦/AO枠に含めています)。 各大学とも総定員はこの期間に若干の増減がありますが、大勢に影響しない範囲のため概数で示しています。
上記の表が示すように、順天堂大学、昭和大学、東邦大学といった大学では2015年頃まで一般入試のみでほぼ全定員を募集していましたが、現在ではこれらの大学が推薦入試やAO入試による合格者を受け入れるよう転換しています。例えば順天堂大学医学部では、10年前には一般入試のみ(定員約120名、推薦/AO枠0名)でしたが、現在は一般入試A方式・B方式計69名に対し、地域枠選抜・総合型選抜など一般以外で62名を募集しています。
一般入試枠は総定員増加にもかかわらず半数程度まで比率が下がり、東京都枠や埼玉県枠など地域医療枠および研究医特別選抜・国際バカロレア選抜(いずれも総合型選抜)の新設によってAO・推薦系の募集枠が急増しました。
昭和大学医学部も2018年度入試から特別協定校推薦入試(医学部卒業生の子弟が多く在籍する特定校対象)を導入し、「若干名」の推薦合格者を出すようになりました。当初この推薦枠は募集人員に含まれない扱いでしたが(定員78名に対し募集要項上は75名と発表)、実質的に毎年10名前後の合格者が出ています。そして2026年度入試からは現役生対象の公募推薦枠10名を新設予定であり、昭和大学でも本格的に推薦入試枠を拡大する方針です。
東邦大学医学部では、ここ数年で附属校推薦入試(卒業生子女を含む)やAO入試、地域枠推薦を相次いで導入しています。10年前まで東邦大学は一般入試のみでしたが、現在では附属高校出身者対象の推薦入試を約25名規模で実施しており、2026年度にはその募集人員を約20名に調整する予定です(一般入試定員を67名から70名に増やし推薦定員を削減)。また「卒業生子女枠」と呼ばれる卒業生の子弟を対象とした特別入試や、地域医療に貢献することを条件とした地域枠推薦も実施されています。これらの枠を合わせると、東邦大学では現在定員のおよそ2割強を一般選抜以外で募集していることになります。
近畿大学医学部(現・近畿大学医学部)は比較的早くから推薦入試を行ってきた大学です。2016年度時点で一般入試定員約90名に対し、公募制推薦入試で約30名(約25%)を募集していました。その後も推薦枠は維持・拡大され、現在は一般入試(前期A日程・B日程)計60名に対し、推薦入試25名と地域枠13名を合わせた約38名を募集しています。
地域枠とは大阪府・和歌山県・静岡県の推薦枠で、近畿大学では文科省の許可を得て静岡県枠10名など他府県出身者にも門戸を開く地域医療枠を設けています。その結果、近畿大学医学部では全体の35%前後を推薦・地域枠で占め、一般入試枠は定員の約6割程度となっています。
金沢医科大学は私立医学部の中でも早くから推薦・AO入試に積極的で、10年前(2016年度)には既に一般入試約80名に対し、公募推薦20名、指定校推薦5名、AO入試15名の計40名を募集していました。これは当時の定員の実に1/3以上を一般以外で募集していたことになります。
現在でもその傾向は続いており、2024年度入試ではAO入試枠を14名から15名に増員するとともに、指定校・地域指定制推薦を6名から5名に調整するなど若干の見直しはあるものの、概ね40名前後を推薦・AOで募集しています(公募制推薦20名程度と合わせて全定員約120名中約33%)。金沢医科大学はこのように以前から推薦・AO比率が高く、大きな伸び幅こそありませんが私立医学部全体の中で先駆的な存在でした。
愛知医科大学も以前から推薦入試を取り入れており、2016年度時点で一般約95名に対し公募制推薦約25名(約20%)を募集していました。その後も推薦枠は概ね20~25名規模で推移し、さらに近年では国際バカロレア選抜(総合型選抜)も導入しています。愛知医科大学医学部の最新の募集概要では、一般選抜約70名に対し、公募推薦約20名、愛知県地域特別枠A方式約5名、同B方式約5名、国際バカロレア若干名となっており、推薦・AO系(学校推薦型+総合型)の募集人員は合計で全定員の25%前後に達しています。
藤田医科大学(旧・藤田保健衛生大学)では、この10年で特色あるAO・推薦入試が拡充されました。2016年度は一般入試約100名に対し、公募推薦20名(約17%)を募集していました。現在では一般入試枠は若干減少したものの、代わりに「ふじた未来入試」と称するAO入試や愛知県地域枠推薦を新設しています。直近の入試では一般入試(前期・共テ利用含む)定員約98名、ふじた未来AO入試15名、愛知県地域特別枠10名という構成になっており、推薦・AO系の割合は合計で約20~25%程度となっています。藤田医科大学は2024年度にAO募集人数12名から15名へ増員し、地域枠も含めて一般以外の枠を拡大しました。
以上のように、私立医学部では一般選抜の募集人員がこの10年で相対的に減少し、推薦・AO入試の募集人員が軒並み増加しています。特に順天堂、昭和、東邦といった従来推薦枠がなかった大学が新たに推薦・AO入試を導入したインパクトは大きく、私立医学部全体で見ると一般入試経由の入学者比率は確実に低下しています。2016年度時点で私立医学部入学者の約1割に過ぎなかった推薦・AO入試合格者が、現在では2~3割程度にまで増えてきているといえるでしょう。
推薦・AO入試拡大の背景と今後の見通し
私立医学部で推薦・AO入試枠が拡大している背景には、いくつかの要因があります。第一に入試方法の多様化・人材多様化の方針があります。文部科学省は近年、大学入試で学力一辺倒ではなく多面的評価を導入する方針を打ち出し、医学部でも地域医療に貢献する人材確保や研究マインドを持つ人材育成の観点から地域枠推薦や研究医特別選抜の導入を奨励しています。実際、医学部の推薦・AO入試では単に学力試験の得点だけでなく、面接や小論文、活動実績といった要素が重視され、「大学での学びに対する意欲・適性の高い生徒」に入学してほしいという大学側の期待が大きいことが調査からもわかります。
一般選抜ほど科目負担が重くない分、医師としての使命感や目的意識の高い学生を確保しようという狙いです。
第二に、医学部入学志願者数の動向があります。少子化などの影響で私立医学部全体の志願者数は2014年に10万人を超えて以降頭打ち傾向にあります。各大学は優秀な学生を確保するため、早期に合格者を囲い込めるAO・推薦入試を充実させる傾向があります。
特に医学部志望者にとって、年内に結果が出る推薦・AO入試はチャンスと捉えられ志願者も増えています。実際に推薦入試の志願者と競争率は上昇傾向にあり、ここ10年で医学部推薦入試は難化しました。例えば岩手医科大学の医学部推薦入試倍率は約10年で2.5倍から4.5倍に、獨協医科大学では2.7倍から6.5倍へと上昇しています。平均すると一般入試(20~40倍)ほどの高倍率ではないものの、「推薦だから易しい」という時代ではなくなってきています。推薦・AO入試を検討する受験生も従来以上に入念な対策と準備が必要です。面接や小論文対策、志望理由書や自己PRの作成など、一般選抜とは異なるポイントでの入念な準備が合否を分けます。
最後に、今後の展望について触れておきます。国の医師需給見直しにより、2027年度以降は医学部定員そのものの適正化(削減)が検討されています。
その際にも地域枠など学校推薦型選抜の適正化が議論されており、医学部入試の一般枠・推薦枠の配分は今後も調整が続く見込みです。一方で各私立大学は建学の精神に沿った独自の選抜を模索しており、卒業生子女枠の新設(東京女子医大など)や英語資格を活用した入試(順天堂大一般B方式)など、特色ある方式も増えています。受験生・保護者の方々には、志望校の入試区分ごとの定員や選抜方法の変化を注意深くチェックすることをお勧めします。