医学部専門個別予備校

私立医学部入学金の二重払い問題と返金不可の実態

私立医学部の入試では、「入学金の二重払い」による経済的負担が大きな問題となります。複数の私立医学部に合格した場合、第一志望の合否前に滑り止め校への入学手続きを済ませる必要があり、その際に支払った高額な入学金が返金されずに無駄になるケースが少なくありません。ここでは、この入学金二重払い問題の実態を解説し、文部科学省の対応や、法的な位置づけ、そして受験生・保護者が取れる具体的な対策について紹介します。

入学金二重払いとは何か?

入学金の二重払いとは、併願した複数大学に合格した受験生が、実際には入学しない大学にも入学金を支払う状況を指します。私立大学では合格後に定められた期限までに入学手続きを行わなければ合格が無効となるため、たとえ他校の結果待ちでも一旦入学金を納入して席を確保する必要があります。しかし後日、志望順位の高い大学に合格すれば、先に支払った滑り止め校の入学金は返還されないまま入学辞退することになります。これにより本命校と滑り止め校の2校分以上の入学金を支払う重い経済的負担が生じるのです。

私立医学部で深刻な「入学金返金不可」の実態

私立医学部の場合、入学金は原則として一切返金されないという慣行があります。入学辞退の際には授業料や施設費など「入学金以外」の納付金は全額返還される大学が大半ですが、入学金だけは戻ってこない規則になっているのです。実際、私立大学医学部の入学金は100~200万円ほどが相場で、入学しなかった場合は手元に戻らない」と理解してください。私立医学部では入学手続きを2段階(第一次手続で入学金、第二次で授業料等)に分ける大学も多いものの、最初に支払う入学金は辞退しても返らない固定費となっているのです。

この返金不可のルールにより、経済的負担が大きい家庭ほど併願校を減らさざるを得ないという問題も生じています。実際に、「合格しても入学金が払えず併願が困難」なケースが現実に起きており、家庭の経済力の差が受験チャンスに直結する受験機会の格差が指摘されています。特に地方の受験生は交通費・宿泊費・複数校の受験料・入学金といった費用負担が都市部より大きく、経済的ハンデが重くのしかかり、入学金の二重払い問題は、受験生の進路選択を経済面で制約しうる深刻な構造的課題となっているのです。

文部科学省の改善要請と各大学の対応状況

この入学金二重払い問題に対し、所管の文部科学省も対策を始めています。2025年6月、文科省は全国の私立大学に対し「入学料に係る学生の負担軽減」への配慮を求める通知を発出し、各大学に改善策の検討を要請しています。通知では具体的に、以下のような三つの施策を大学側に促しました。

  • (1) 入学金の金額抑制: 高額すぎる入学金の見直し(適正な金額への引き下げ)
  • (2) 納付時期の分割: 入学手続金の納入を複数回に分ける「二段階納入方式」(例:仮入学金と残金)による負担軽減
  • (3) 入学金の一部返還制度: 入学辞退者に入学金の一部または全額を返還する新たな仕組みの導入

文科省は通知の中で、「入学しない大学に納付する入学料が学生や保護者の大きな負担となっている」ことが国会等でも度々指摘されている点に言及し、複数大学併願が一般化した現状で経済的理由により進路選択の幅が狭まらないよう各大学に対応を求めるとしています。ただし法的強制力のある命令ではなく努力義務に留まるため、この通知から数ヶ月後の時点でも大学側の反応はまちまちです。

文科省が2025年11月に行った全国調査によると、私立大学・短大836校中、入学金負担軽減策を「実施予定なし」と回答したのは21%(176校)にも上りました 。一方、「何らかの対応をとる(検討中含む)」とした大学は25%(210校)に留まり、残りは「既に入学金額を最低限に設定済み」「専願制が多く辞退者の納付実績なし」などの理由で追加策なしという回答でした 。実際に2026年春の入学者選抜(令和8年度入試)から軽減策を導入するとした大学は83校(全体の1割程度)にとどまり、27年春から導入予定が39校、検討中が88校という状況です。

導入予定の具体策を複数回答で見ても、「入学金の納付期限を後ろ倒しにする」措置が39校で最多、次いで「入学辞退時期に応じて入学金の全部または一部を返還する」措置が25校という結果でした。つまり、まだごく一部の大学でしか納付締切日の延長や入学金の返金制度は実現しておらず、大半の大学は様子見か消極姿勢を崩していないのが現状です。文科省も2025年10月に各大学の対応状況をウェブ上で公開するなど再度働きかけを行なっていますが、2026年度入試での抜本的な改善にはまだ道半ばと言えるでしょう。

入学金返金制度を導入している大学はあるのか?

実際に入学金の返金制度を導入している大学はあるのでしょうか。残念ながら医学部を設置する私立大学では、2025年時点でそのような制度を公表しているケースはありません。前述の文科省調査でも、東京都内の私立大学120校のうち負担軽減策が導入済みだったのは4校(わずか3%)に過ぎず、医学部・歯学部を持つ残り116校はいずれも未導入と報告されています。この4校というのは、いずれも医学部のない一般大学であり、例えば以下のような例があります 。

  • 産業能率大学(東京):3月11日までに入学辞退すれば入学金全額返還
  • 大東文化大学(東京):一部返還制度導入(詳細不明)
  • 嘉悦大学(東京):一部返還制度導入(詳細不明)
  • 文化学園大学(東京):入学辞退者へ入学金から10万円を除いた額を返金(=10万円だけ控除し残額返還)

いずれも芸術系・経済系などの学部を持つ大学で、医学部や歯学部は設置していません。とはいえ、他分野とはいえ既に「期日までの辞退なら全額(または一部)返金」といった制度を始めた大学が存在することは事実です。今後、文科省の要請を受けて医学部を持つ大学でも同様の返金制度を導入する動きが出てくる可能性はあります 。実際、文科省通知後に複数の大学が納付締切日の延長や二段階納入を打ち出し始めており、一部では入学辞退時の返金額を定める制度も検討されています。医学部界隈でも、受験生確保の競争や社会的要請を背景に、入学金返還に踏み切る大学が今後現れてくる可能性は十分に考えられます。

もっとも、大学側にとって入学金は辞退者からも得られる貴重な収入源であり、もし返金すればその減収分をどこかで補填する必要が生じます。難関私立大では併願者が多いため、「入学金返還による収入減は授業料値上げなどで在学生に転嫁されるのでは」といった指摘もあります。また、現行では最高裁判例によって大学側に入学金返還義務がないことが明確化しているため、多くの大学は「契約上問題ない」との立場で腰が重いのが実情です。そのため制度変更には慎重論も根強いものの、受験生の経済的負担軽減という観点から改善を求める声は年々高まっています。直近の各大学の対応状況を注視しつつ、志望校の入学手続要項(募集要項)に返金規定や納入猶予に関する記載がないかを確認することが大切です。

入学金契約の法的問題点と消費者契約法の適用可能性

法的な視点から見ると、大学と合格者の間で取り交わされる入学手続の契約には特殊な事情があります。大学側は募集要項等で「いったん納入された学納金(入学金・授業料等)は、いかなる理由があっても返還しない」との特約を定めており、合格者は手続きを行う時点でそれに同意したものとみなされます。これは一見、消費者に一方的に不利な契約条項のようにも思えますが、過去の裁判ではこの「入学金不返還特約」が概ね有効と判断されてきました。

特に大きな判例として、2006年11月27日の最高裁判決があります。この判決では「入学金は返還義務なし、授業料等は原則として3月31日までに辞退届を出せば全額返還すべき」との判断が示されました。最高裁は、入学金について「学生が当該大学に入学し得る地位を取得するための対価」であり、その地位は辞退者であっても一旦は得ている以上返還不要と位置づけています。一方、授業料や施設費など教育サービス提供前の費用については、入学前(3月末まで)の辞退なら返すのが相当と判断されました。

この最高裁判決は消費者契約法(2001年施行)の観点も踏まえたものでした。同法では不当に高額な違約金や損害賠償予定は無効とする規定がありますが、判決では入学金は平均的損害の範囲内であり、公序良俗に反しないと判断されています。実際、「医学・歯学系は他より入学金が高額だが、それでも直ちに不相当とは言えない」と言及されており、私立医学部の入学金が150万円程度でも違法ではないとの立場が示されました 。

つまり現行法上、大学が入学金を返さないこと自体は適法とされています。ただし、判決文でも「不相当に高額な場合は返還の余地がある」との言及もあり、極端に高い入学金設定であれば契約無効が争われる可能性は残されています。また近年では、入学金不返還特約そのものが消費者契約法の趣旨に照らし妥当かを疑問視する議論も専門家の間で出ています。「在学しないのに金だけ取られるのは不当ではないか」という感覚は広く共有されつつあり、文科省の働きかけもこうした問題意識に基づくものです。もっとも、現状では最高裁判例が優先するため、個別に大学を訴えても入学金返還を勝ち取るのは容易ではありません。したがって受験生側としては、「返ってこないもの」と割り切った上で戦略を練る必要があると言えるでしょう。

受験生・保護者が取るべき対策と具体的なアドバイス

入学金二重払い問題への備えとして、医学部受験生や保護者が事前にできる対策・注意点を以下にまとめます。

  • ① 志望校の手続き締切日を一覧化する: 各大学の合格発表日入学金納入締切日をエクセル等で一覧にし、スケジュールを可視化しましょう。複数校の締切が重なる場合、どの滑り止め校まで支払うか戦略的に判断できます。第一志望の発表前に締切が来る大学は極力減らすのがポイントです。
  • ② 各大学の募集要項を熟読し制度を確認する: 志望校に入学金の延納制度(国公立後期発表まで授業料納入を猶予)や二段階納入方式、あるいは入学金返還制度がないか確認します。近年、新たな制度を導入する大学も出てきているため、最新の入学者選抜要項を必ず取り寄せ、注意書きまで目を通してください。記載がなければ直接大学に問い合わせても構いません。
  • ③ 支払える入学金の上限を決めておく: 併願計画を立てる際、家庭で用意できる入学金の予算に明確な上限を設けましょう。例えば「入学金○校分まで」と決めておけば、合格状況に応じてどの大学まで手続きするか優先順位を付けやすくなります。予算を超える場合は奨学金や教育ローンの活用も検討します。
  • ④ 奨学金・融資制度を事前に調べる: 医学部は特に入学金が高額なので、一時的な立替えに教育ローン(国の教育ローンや民間銀行ローン)を利用する手もあります。合格発表後に慌てて申請するのは大変なので、受験前から利用可能な制度を調べておき、必要書類や審査期間を把握しておきましょう 。また自治体や民間財団の奨学金(給付型・貸与型)で入学金相当額を支援してくれるものがないかも確認してください。
  • ⑤ 信頼できる専門家に相談する: 医学部受験に詳しい予備校教育コンサルタントに併願戦略の相談をしてみるのも有効です。経験豊富なプロの視点から、想定外の失敗例(例えば「入学金を2校分払った後に資金尽き志望校を諦める」ような事態 )を避けるための知恵を借りましょう。
  • ⑥ 国公立第一志望の場合の戦略: 国公立医学部が本命で私立を滑り止めにする場合、私立の授業料延納制度を積極的に利用しましょう。多くの私立医学部は所定の手続きをすれば、授業料等の納入を国公立後期試験の合否判明まで延期できます。ただし入学金だけは必ず期日までに納める必要がある点に注意です。また、国公立合格後に私立を辞退する際、国公立大学には入学辞退の連絡は原則不要(入金しなければ自動的に入学放棄扱い)ですが、大学から確認の連絡が来る場合もあるので、その際は丁重に辞退の意思を伝えれば問題ありません。
  • ⑦ 同一大学内での合格学部変更: 稀なケースですが、同じ大学の別学部に後から合格した場合、支払済みの入学金を振り替えできる大学もあります。医学部ではあまり該当しませんが、例えば最初に他学部に合格し手続き後、同大学医学部の補欠繰上げに合格したような場合、既納の入学金を充当できるか大学に問い合わせてみる価値があります(学校によって対応は異なります)。

以上の対策を講じることで、「入学金の二重払い」による経済的ロスを可能な限り抑えつつ医学部合格を勝ち取りやすくなります。入学金は戻らない以上、受験は学力勝負であると同時に経済戦略でもあることを念頭に、周到な準備を進めましょう。最新の情報を収集し「情報武装」することが、合格後のミスマネジメントを防ぎ、ひいては貴重な合格のチャンスを活かすことができます。

関連記事

TOP