日本の医学部受験界において、「旧帝大」や「私立御三家」と並んで異彩を放つ存在、それが旧設公立医科大学(旧公立)です。戦前・戦中からの歴史を持ち、地域医療の要でありながら、時には旧帝国大学に匹敵する権威を誇る。今回は、そんな「旧公立」8校の設立経緯と、現在の日本医療における影響力を詳しく説明します。
目次
旧設公立医科大学とは?
1970年代の「一県一医大構想」よりも前から存在していた、伝統ある公立の医科大学を指します。多くの大学が戦時中の医師不足解消を目的とした医学専門学校をルーツとしていますが、中には明治初期から続く名門も含まれます。
京都府立医科大学(京都府立医大)
「西の横綱、権威の府立」
- 設立の経緯: 1872年(明治5年)創立。東京大学、長崎大学と並び、日本で最も古い歴史を持つ医学部の一つです。京都の町衆の熱意によって「療病院」として誕生した経緯があり、地域に根ざしつつも非常に高いプライドを持っています。
- 現在の影響力:「京都に府立医大あり」と言わしめるほど、臨床・研究ともにトップクラスです。京都大学医学部とは古くからライバル関係にあり、京都府内の主要病院のポストを二分しています。特に循環器や眼科など、全国的な権威を持つ診療科が多いのが特徴です。
大阪公立大学(旧 大阪市立大学)
「商都・大阪を支える都市型医学の雄」
- 設立の経緯: 1944年(昭和19年)に大阪市立医学専門学校として設立。2022年に大阪府立大学と統合し「大阪公立大学」となりました。大都市・大阪の公衆衛生と医療を担うべく、市民の期待を背負って発展してきました。
- 現在の影響力: 日本最大級の公立大学医学部として、関西圏の医療ネットワークに絶大な影響力を持ちます。特に肝疾患や生活習慣病といった、都市部で需要の高い領域に強みを持ち、関連病院の数も圧倒的です。
名古屋市立大学(名市大)
「中京圏の医療を支える実力派」
- 設立の経緯: 1943年(昭和18年)創立の名古屋市立医学専門学校がルーツ。名古屋という経済圏において、名古屋大学(旧帝大)と補完し合う形で発展しました。
- 現在の影響力: 東海地方において、名古屋大に次ぐナンバー2の地位を確立しています。産婦人科や小児科など、地域周産期医療のリーダー的な役割を果たしており、中京圏の医師供給源として欠かせない存在です。
横浜市立大学(横市)
「首都圏を支えるスマートなエリート」
- 設立の経緯: 1944年(昭和19年)創立の横浜市立医学専門学校が前身。開港地・横浜という土地柄、進取の気性に富んだ校風で知られます。
- 現在の影響力: 神奈川県内では慶應義塾大学、聖マリアンナ医大などと勢力を分け合いますが、公立としての信頼性は抜群。がん研究や再生医療といった先端医療に強く、横浜市内の巨大な基幹病院群を統括する影響力を持ちます。
奈良県立医科大学(奈良県立医大)
「止血・凝固研究の世界拠点」
- 設立の経緯: 1945年(昭和20年)創立。戦後の混乱期に、奈良県の地域医療を底上げするために設立されました。
- 現在の影響力: 地方公立大と侮るなかれ、血液凝固(血が止まるメカニズム)の研究では世界トップレベルです。また、近年は「MB(医学部)によるまちづくり」を提唱するなど、医療を軸とした社会デザインにも大きな影響力を発揮しています。
和歌山県立医科大学(和歌山医大)
「紀州の命を守る砦」
- 設立の経緯: 1945年(昭和20年)創立。医師不足が深刻だった和歌山県の切実な要望により誕生しました。
- 現在の影響力: 和歌山県内唯一の医大として、県内の主要病院のポストをほぼ独占する「一強」状態にあります。高度救命救急や災害医療に非常に強く、ドクターヘリの運用など、過疎地医療と高度医療の両立において全国のモデルとなっています。
福島県立医科大学(福島医大)
「震災を乗り越え、世界の放射線医療をリード」
- 設立の経緯: 1944年(昭和19年)創立。東北地方の公立医大として、地域に密着した医師を育成してきました。
- 現在の影響力: 2011年の東日本大震災以降、放射線医学および甲状腺疾患の研究において、世界中から注目される研究拠点となりました。県内全域をカバーする強固な医局制度を持ち、地域医療への貢献度は計り知れません。
札幌医科大学(札医大)
「北の大地、もう一つの名門」
- 設立の経緯: 1945年(昭和20年)創立。北海道大学(旧帝大)とは別に、北海道独自の医療体制を確立するために設立されました。
- 現在の影響力:北海道内では北大と並ぶ「二大巨頭」です。日本で初めて心臓移植を成功させた歴史(和田移植)もあり、心臓血管外科やリハビリテーション医学、近年では脊髄損傷に対する再生医療で世界をリードしています。
旧公立8校 比較まとめ
| 大学名 | 設立(前身) | 主な強み・影響力 |
| 京都府立医大 | 1872年 | 圧倒的伝統、京都の医療支配力 |
| 大阪公立大 | 1944年 | 都市型医療、巨大な関連病院網 |
| 名古屋市立大 | 1943年 | 周産期医療、中京圏の安定感 |
| 横浜市立大 | 1944年 | 先端医学、横浜市内の医療基盤 |
| 奈良県立医大 | 1945年 | 血液凝固研究(世界レベル) |
| 和歌山県立医大 | 1945年 | 県内一強、救急・災害医療 |
| 福島県立医大 | 1944年 | 放射線医学、地域包括ケア |
| 札幌医科大学 | 1945年 | 再生医療、北海道の医療拠点 |
まとめ
旧公立医科大学は、旧帝大ほどの研究費はないかもしれませんが、「地域における圧倒的なブランド力」と「臨床現場での実力」を兼ね備えています。卒業生はその地域の主要病院で幹部候補となることが約束されており、医師としてのキャリアパスは非常に安定的です。「歴史が作る信頼」は、一朝一夕には得られません。日本の医療を支えているのは、これら旧公立校の泥臭くも崇高な努力の積み重ねなのです。
