「医科大学」という名称から、医師を育てるだけの場所を想像するかもしれません。しかし、女子医大は「エンジニアが医療現場に常駐し、医師が工学を語る」という、世界でも類を見ない濃密な医工連携の拠点となっています。
目次
世界をリードする革新的な研究事例
女子医大の医工融合は、単なる基礎研究に留まらず、実際に患者を救う「臨床」に直結しているのが特徴です。
① 再生医療の革命:細胞シート工学
世界初の技術である「細胞シート」は、女子医大の象徴です。
- 技術の核: 温度を変えるだけで細胞をシート状に剥離できる「温度応答性培養皿」を工学的に開発。
- 臨床応用: 心筋シートによる重症心不全の治療、食道がん切除後の狭窄予防、角膜再生など、すでに多くの患者に応用されています。
② 手術室のデジタル化:SCOT®(スマートサイバー手術室)
手術室全体を一つの情報統合プラットフォームにするプロジェクトです。
- OPeLiNK: 術中の顕微鏡映像、バイタルデータ、MRI画像などをリアルタイムで統合・同期。
- 精密誘導: AIが術者の意思決定をサポートし、経験の浅い医師でも熟練医に近い精度での手術を可能にします。
- スマート治療室「SCOT」、その完成形が動きだす (日経BP)
③ 人工臓器・低侵襲デバイス
- 補助人工心臓: 数十年にわたり、小型で耐久性の高い人工心臓の研究を工学チームと共同で進めています。
- 手術支援ロボット: 日本人の体格や繊細な手技に合わせた国産ロボティクスの開発も行われています。
異能を育てる:最新の教育カリキュラム
女子医大は、技術を作るだけでなく、「医学と工学の両方の言語を話せる人材」の育成に力を入れています。
■ 早稲田大学との共同大学院(共同先端生命医科学専攻)
2010年に設置された、日本初の「私立大学間の共同専攻」です。
- ハイブリッド教育: 医学部出身者と工学部出身者が、一つの研究室で机を並べて学びます。
- 現場実習: 工学系の学生が手術室に入り、現場の課題(アンメット・メディカル・ニーズ)を肌で感じる実習が重視されています。
■ 大学院医学研究科の「先端生命医科学」コース
医師免許を持つ学生に対し、最先端の工学技術を臨床にどう組み込むかを教えるカリキュラムです。
- 産学連携講座: 企業の研究者を講師に招き、開発した技術を「製品」として社会実装するための知財や薬事規制についても学びます。
知の交流拠点「TWInS(ツインズ)」
この医工融合を物理的に支えているのが、女子医大と早稲田大学が共同で設立した先端生命医科学センター「TWInS」です。
- オープンラボ: 大学の垣根を越え、共有の実験機器やフリースペースを配置。
- 知の化学反応: 廊下で立ち話をする医師とエンジニアが、新しい医療機器のアイデアを思いつく。そんな光景が日常的に繰り広げられています。
医工融合がもたらす「未来の医療」
女子医大の取り組みが目指すのは、「身体への負担が少なく(低侵襲)、かつ確実な治療」です。
高度な工学技術(ロボティクス、AI、材料工学)を、医師の鋭い観察眼と経験(医学)に融合させることで、これまでは「不治」とされていた病を「コントロール可能な病」へと変えていこうとしています。
東京女子医科大学の医工融合は、単なる学問の流行ではありません。50年以上の歴史の中で培われた、「患者さんのために、今ない技術を作る」という執念の結晶です。
学術界のみならず、産業界からも熱い視線が注がれるこのフィールドは、これからも日本の医療イノベーションの心臓部として機能し続けるでしょう。