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医師の働き方改革の進展と医師を志す君たちへ

医師の働き方改革が大きく動き始めています。過酷な長時間労働で知られてきた医師の勤務環境を見直し、医師自身の健康と患者への安全な医療提供を両立させる取り組みです。本記事では、その背景と目的から具体的な改革内容、そして地域医療やジェンダーの視点での影響までを解説します。最後に、これから医学部を目指す若い皆さんへ、改革の進む医療界で医師になる意義と希望のメッセージをお届けします。医師という仕事の厳しさだけでなく、その持つ希望とやりがいも感じていただければ幸いです。

医師の働き方改革の背景と目的

近年、医師の過重労働による健康被害や医療事故リスクが深刻な社会問題となってきました。厚生労働省の調査によれば、休日や時間外勤務を合計すると年間960時間(月80時間平均相当)を超える勤務をしている医師が全体の21.2%、1920時間以上もの超過勤務をしている医師も全体の3.7%にのぼります。これは一般的な企業で想定される上限を大きく超える働き方であり、医師の過労死(過労による死亡)の危険や、注意力低下による医療事故につながる恐れがあります。実際、過労状態の医師が診療を続ければ、患者へのサービスの質の低下やミスの増加が懸念されます。

こうした背景から、政府は2019年の働き方改革関連法の中で医師についても労働時間の上限規制を設ける方針を決定しました。しかし医療現場への影響を考慮し、医師、運送業、建設業には5年間の猶予期間が与えられ、2024年4月から本格的に「医師の働き方改革」が施行されています。この改革の目的は、医師の健康を守りつつ医療の質を維持し、持続可能な医療提供体制を実現することです。言い換えれば、患者さんに安全で質の高い医療を提供し続けるために、まず医師が無理なく働ける環境を整える必要があるのです。厚生労働省も「医師が健康的に働ける環境を整えることは、医師自身だけでなく患者や国民に対して高い質と安全な医療を提供するために重要」であり、それによって「持続可能な医療体制」を維持していくことが大切だと述べています。

具体的な改革内容:時間外労働規制の導入

医師の働き方改革の柱となるのが、時間外労働(残業)時間の上限規制です。これまで労働基準法上は医師に対して残業時間の明確な上限規制が適用されていませんでしたが、2024年4月からついに適用されました。主なポイントは次のとおりです。

  • 年間960時間・月100時間未満:原則としてすべての勤務医は、時間外労働が年間960時間以内、かつ1か月で100時間未満に制限されます。一般の産業では年間720時間が上限ですが、公共性の高い医療提供を維持する観点から、医師にはこの特別枠が認められました。これでも従来の働き方に比べれば大幅な労働時間短縮となります。
  • 特例的な上限(年間1860時間):救急医療など緊急性が高い医療を担う病院や、医師の技能向上のために集中的な研鑽が必要な場合には、自治体の指定や第三者機関の審査を経て年1860時間までの時間外労働を認める特例「B水準」「C水準」が設けられています。例えば地域の基幹病院でどうしても人手が足りない場合や、研修医が症例経験を積む場合などが想定されています。ただしこの特例も無制限ではなく、2035年末までに段階的に縮小し、将来的には撤廃する方向が示されています。つまり、いずれは全ての医師が960時間以内におさまる働き方を目指す計画です。
  • 追加的健康確保措置:単に残業時間を制限するだけでなく、勤務環境の工夫によって医師の健康を守る措置も義務化されました。具体的には、連続勤務時間を28時間以内とする(当直明けは必ず明け方までに勤務終了)、勤務と勤務の間に9時間以上の休息(勤務間インターバル)を確保する、といったルールです。当直勤務の場合も、仮に夜通し働いた場合には18時間以上の休息を入れることが求められます。万が一これらが守れなかった場合は後日代わりの休息を与える「代償休息」も規定されました。さらに、1か月の時間外労働が100時間に達しそうな医師に対しては事前に産業医などによる面接指導を行い、必要に応じて勤務軽減などの措置を取ることが義務付けられています。このように、長時間労働を是正するだけでなく、個々の医師の健康状態に配慮したサポート体制を整えることが狙いです。
  • 勤務環境の改善とタスクシフト:医師の業務には診療以外にも多くの雑務が含まれます。働き方改革を進めるには、医師以外でも対応可能な業務は他職種に任せる「タスクシフト/タスクシェア」や、電子カルテ・音声入力などICT技術の活用による業務効率化が不可欠とされています。例えば、診療録の入力や書類作成を補助するスタッフ(医師事務作業補助者)を配置したり、看護師や薬剤師が説明業務を代行するなどの取り組みです。こうした院内の業務分担の見直しに加え、地域の医療機関同士で役割分担を明確化し機能連携を進めること、患者さんや地域住民にも医療の適正利用に協力してもらうことなど、社会全体での取り組みが求められています。
  • 時間外労働への割増賃金強化と罰則:改革に伴い、医師の残業代にも適切な割増率の適用が進められています。月60時間を超える時間外労働については50%増の割増賃金を支払うルールが中小の医療機関にも適用されました。違法な長時間残業が続けば労働基準法違反となり、罰則(6か月以下の懲役または罰金等)の対象ともなります。こうしたルールによって、現場に規範意識を促しつつ医師の待遇改善も図ろうというものです。

以上のように、多角的な施策によって「医師が適切な働き方で安心して働ける環境」を作ることが、この改革の中核と言えます。制度スタートから日が浅いですが、現場では徐々に勤務シフトの調整や人員体制の見直しが進められているところです。

地域医療や救急体制への影響

働き方改革は医師個人にとっては望ましい変化ですが、一方で地域医療への影響も注視されています。特に医師数に余裕のない地方病院や救急医療の現場では、労働時間の上限によって医療提供体制に支障が出ないかが懸念されています。

日本の医師数自体は少しずつ増加していますが、都市部と地方部の医師偏在は依然大きな問題です。地方や過疎地域ではただでさえ医師不足で、「一人当たりの担当患者や当直回数が非常に多い」「当直の翌朝になってもそのまま通常業務を続けざるを得ない」といった過酷な勤務が現実にあります。こうした地域で一律に残業規制を適用すると、「患者を診る医師が足りず対応しきれない」という事態になりかねません。実際、働き方改革開始後の日本医師会の調査でも、救急搬送患者の受け入れを断らざるを得ないケースの増加を感じているという回答が15.6%で最も多く報告されました。特に産科や小児科など専門医不足が叫ばれる領域では、「高リスク妊産婦の転院受け入れが困難になった」といった声も一部で上がっています。

もっとも、日本医師会は「現時点では現場の創意工夫もあって、懸念されたほど大きな影響は出ていない」とも評価しています。2024年4月の制度施行に向け、各医療機関が医師の応援派遣体制を調整したり、診療科ごとの役割分担を見直すなどして対応しているためです。例えば、夜間救急患者の受け入れ体制を地域で集約化し、一つの病院に負担が集中しないよう分担するといった取り組みが各地で模索されています。また、当直(宿日直)業務については労働時間として扱わなくてもよい「宿日直許可」を各病院が積極的に取得し、夜間勤務の一部を拘束時間から除外できるように工夫しています。この許可を得るには夜間業務が軽度であること等の条件がありますが、**85.7%**の病院がすでに全院的に取得したとの報告もあります。

一方で、大学病院などから地方への医師派遣に影響が出ているケースもわずかながらあります。ある調査では、2024年4月以降に「派遣医師が減った」と回答した病院が12.3%ありました。特に当直の負担が重い病院(宿日直許可を取得できていない病院)では、応援医師の派遣を断られるケースが増えているとの指摘もあります。このため、地域の基幹病院同士で派遣医の融通を図ったり、診療科を越えた協力体制を組む動きも出ています。

総じて言えば、働き方改革は避けられない流れであり、各地域で医療提供体制の再構築が進められているところです。国も地域医療支援センターの強化や偏在是正の施策(地域枠医師の配置など)を進めています。読者の皆さんの中には「医師不足で大変なのに労働規制なんてできるのか?」と不安に思う方もいるかもしれません。しかし、だからこそ新しい世代の医師が必要とされています。次の章で述べるように、女性医師を含め多様な人材が長く働ける環境を作り、人員を確保することが改革のもう一つの柱なのです。

働き方における男女差とジェンダーの視点

医師の世界でも徐々に女性医師が増えてきています。厚生労働省の統計によれば、2022年時点で日本の医師全体に占める女性の割合は23.6%(女性81,139人、男性262,136人)でした。30歳未満では女性医師が36%程度を占めるとのデータもあり、若手ほど女性比率が高まっています。これは医師という職業が以前より女性にも開かれ、多くの女性が医学部に進学・卒業するようになった結果と言えます。

しかし一方で、医師の働き方には依然として男女差も存在しています。一般に女性は結婚・出産期に労働参加率が低下し、育児が一段落した後に再び復帰するという「M字カーブ」を描くと言われます。医師の世界でも、30代で出産育児のために一時離職・退職したり、勤務時間を短縮する女性医師が少なくありません。このため、現場では「女性医師が育児休業や時短勤務を取得すると、その分の穴埋めで男性医師の負担が増えている」という声もあります。実際、深夜の救急対応や長時間の手術などは妊娠中・育児中の女性医師には難しい場合もあり、そうした役割を男性医師が引き受けがちです。その結果、管理職の女性比率が低い、指導の機会が男性に偏る、といった問題も指摘されています。

働き方改革は、このジェンダーの課題に対応することにもつながると期待されています。厚生労働省は女性医師がキャリアを中断せずに働き続けられる環境を作るため、様々な支援策を推進しています。例えば、復職支援研修の充実、短時間勤務制度の普及、当直業務の配慮、さらには院内保育所や病児保育室の整備などです。一人の患者さんを複数医師で診る「複数主治医制」の導入も進められ、特定の医師に負担が集中しない工夫もなされています。男女問わず医師が家庭と両立しやすい職場づくりは、結果的に離職者を減らし医師数を確保することにつながります。実際、女性医師の復職率向上や継続就業の支援は、医師全体の労働力維持において重要なテーマです。

また、医学教育の面でもジェンダー平等の意識改革が図られています。文部科学省は医学部生に多様なロールモデル(様々な生き方をしている先輩医師像)を示し、無意識のバイアスを取り除く教育に取り組んでいます。男性医師も育児休業を取りやすくする風土づくりや、女性医師も遠慮なく専門的キャリアに挑戦できるような制度改革も進行中です。

このように、働き方改革と女性医師支援は車の両輪です。性別に関係なく全ての医師がその能力を発揮し続けられる環境を整えることが、医療提供体制を維持する上で不可欠となっています。今の中高生世代が医師になる頃には、男女問わず働きやすい職場が当たり前になっているよう、国と医療界が努力を重ねているのです。

それでも医師という仕事が持つ意義と魅力

ここまで働き方改革の課題に焦点を当ててきましたが、どんな改革があっても変わらないのは医師という仕事の持つ大きな意義と魅力です。医師は人の命を預かり、健康を守るという崇高な使命を帯びた職業です。そのやりがいや達成感は他の職業では得難いものがあります。

実際、多くの医師は厳しい勤務環境の中でも仕事に誇りと生きがいを感じています。あるアンケート調査では、医師がこの職業を選んだ理由の第1位は「命を救う、社会貢献度の高い仕事だから」でした。収入が高いから、といった理由で選んだ人はわずか2%程度に過ぎず、大半の医師が「誰かの役に立ちたい」という思いで医師を志しているのです。そして、実際に医師になった後でも**約8割以上の医師が「医師という仕事が好き」**と答えています。過酷さを感じつつも、それ以上にやりがいを見出している医師がいかに多いかが分かります。

医師の仕事の魅力としてよく挙げられるのは、「人の命や人生に直接関われる」ことです。患者さんが回復して笑顔で退院していく瞬間や、「先生のおかげで助かりました」と感謝される言葉に触れる時、医師はこの上ない達成感を覚えます。また最新の医療知識・技術を駆使して難病に挑むことや、医学の発展に貢献できることも大きなモチベーションです。ある調査では、「生まれ変わっても医師になりたいか」という問いに対し55.5%もの医師が「はい」と答えました。その理由として最も多かったのが、「この仕事はやりがいがあるから」というものです。実際、「再び医師になりたい」と答えた医師の中では約37.6%がやりがいを理由に挙げており、医師の仕事の大きな原動力はやりがいであることが裏付けられています。

医師たち自身の生の声からも、その魅力が伝わってきます。例えば救命救急に携わるある医師は、「最前線で命と向き合える」ことにこの仕事の意義を感じると言います。また産科の医師は「命の誕生に立ち会える」ことに無上の喜びを感じると語っています。他にも「病気で苦しむ人を支え、地域に貢献できる」「チーム医療で皆で一つの目標に向かえる」といった声もあり、医師という職業の持つ多面的な魅力が浮かび上がります。

確かに医師の仕事は楽な道ではありません。日々勉強と研鑽が必要ですし、時には自分の生活や家族より患者さんを優先しなければならない場面もあります。それでも、目の前の人の命を救える、困っている人に手を差し伸べられるという尊い役割は、社会にとって欠かせないものです。働き方改革によって環境改善が進めば、医師自身が心身ともに健康に働き続けられるようになります。そうなれば医師はさらに本来の診療に専念でき、患者さんにもより良い医療を提供できるでしょう。医師の仕事の意義と魅力はそのままに、無理なく力を発揮できるようにする――それが働き方改革の先にある理想の医療の姿です。

医学部を目指す若者へのメッセージ

最後に、これから医学部を志し医師になろうとしている皆さんへお伝えしたいことがあります。医師の働き方改革は、言い換えれば未来の医療を担う皆さんへのエールでもあります。過去の医療現場は長時間労働や過度の自己犠牲が当たり前とされてきましたが、今まさにそれを変えようと動き出しています。皆さんが現場に出る頃には、今よりもずっと働きやすく、チームで協力し合える医療現場が実現しているはずです。その環境の中で、思う存分に自分の能力を発揮し、患者さんに向き合ってほしいのです。

医師という仕事は、人の命に直接関わる責任重大な仕事です。だからこそ社会全体でその責任を支え、医師が安心して長く働けるよう支援する仕組みが必要です。働き方改革によってその仕組みが整いつつあり、医師自身の健康と患者の安全を両立できる未来が拓けてきました。皆さんが医師になったとき、かつての先輩医師たちよりも良い環境で働けることは間違いありません。しかし、それでも患者さんを救えるのは最終的には医師であるあなた自身です。改革が進んでも、医学の進歩がどれだけあっても、最後に必要なのは医師一人ひとりの熱意と使命感です。

ぜひ今抱いている「医師になりたい」という志を大切に、その夢に向かって努力を続けてください。医学を学ぶ過程や臨床現場では大変なこともあるでしょう。しかし、自分が成長し知識と技術を身につけるほどに、多くの命や人生を支えられる存在になれるのだということを忘れないでください。働き方改革で職場環境は改善されつつありますが、医師という仕事の尊さややりがいは何も変わりません。むしろ新しい時代の医療を創っていくのは、柔軟な発想と情熱を持った若い皆さんです。

患者さんの笑顔に出会えたとき、社会に貢献できていると実感できたとき、きっと「医師になって良かった」と心から思えるでしょう。医師という職業には、計り知れない大変さと同時に、それを上回る喜びと誇りがあります。これからも医療界は課題に真摯に向き合い改革を進めていきます。未来の医師となる皆さんもぜひ加わって、一緒により良い医療を創り上げていきましょう。皆さんの挑戦と情熱こそが、これからの日本の医療を支える大きな力になります。

医学部受験生の皆さんが、この改革の流れを前向きに捉え、安心して医師という道に進んでくれることを願っています。困難を乗り越えた先に、多くの人の命を救えるやりがいが待っています。医師という仕事にはそれだけの価値があるのです。どうか希望を持って、夢に向かって突き進んでください。私たちは皆さんが未来の医療を担い、輝いて活躍してくれることを心から期待しています。



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