医学部受験生にとって、「地方(例:中国地方、四国、北陸など)の医学部に進学すると、卒業後に大阪のような都会で初期臨床研修ができないのでは?」という不安は大きいかもしれません。
しかし結論から言えば、地域枠などの特殊な義務がない限り、地方の医学部出身でも都市部の研修病院で初期研修を行うことは可能です。実際、多くの地方大学の卒業生がマッチングを通じて大阪を含む都市部の病院で研修医として働いています。
ここでは、その根拠となる医師臨床研修マッチング制度の概要や最新のマッチング実績データを示し、さらに地方医学部から都市部研修を志す学生の声と戦略、そして「地域枠」や奨学金制度による進路上の制約について解説します。
最後に、地方の医学部に進学した場合に将来の選択肢を広げるためのアドバイスも紹介します。将来どこで研修・勤務するかまで見据えて大学入試の出願先を決めようとしている医学部受験生や保護者のかたは、ぜひ参考にしてください。
目次
医師臨床研修マッチング制度の概要
まず、日本の臨床研修医マッチング制度について押さえておきましょう。これは医学生が卒業後の初期臨床研修(2年間)の研修先病院を決める全国的なマッチングシステムです。医学生(研修希望者)と研修病院の双方が参加し、所定のスケジュールで希望登録と選考を行ったうえで、コンピュータによる組合せ決定(マッチング)が行われます。
マッチング参加手続きの流れ
- 参加登録(6年生の夏頃):自分の大学から発行されるIDでマッチングにエントリー。
- 病院の選考:志望する研修病院の見学会や試験・面接を受けます(病院ごとに独自選考あり)。
- 希望順位登録(秋頃):選考を受けた病院の研修プログラムを「この順でマッチしたい」という順位でオンライン登録。病院側から採用したい研修医の順位リストを提出。
- マッチング(10月下旬):学生と病院の希望順位を踏まえ、アルゴリズムによってマッチングが実行。両者の希望が合致すれば、その研修先で研修医として働く仮契約が成立。結果は参加者・病院双方にオンラインで公表。
- 二次募集:どこにもマッチしなかった場合(アンマッチ)、結果発表後に定員の空いている病院を探して改めて応募する「二次募集」の機会あり(参加者増によるアンマッチも一定数あり)。
ポイント
マッチングへの参加は任意ですが、参加してマッチが成立した場合はその結果に従う必要があります(マッチした研修先とは原則として契約しなければならない決まりです)。なお、2004年度に新臨床研修制度が始まり、医師は卒業後に少なくとも2年間、臨床研修(複数診療科での研修)を受けることが必修化されました。したがって日本の新卒医師は、国家試験合格後にこの初期研修マッチングを経て研修病院へ進む流れが一般的です。
最近のマッチングの動向として、競争激化が挙げられます。医学部定員増や海外大卒の参入もあり毎年マッチング参加者は増加傾向で、募集定員に対する充足率は近年90%以上と高く、多くの病院が定員をほぼ満たしています。2025年度マッチングでは参加者9,902人に対し募集定員10,527人、定員充足率94.1%と高水準で、アンマッチ(定員枠に対し未充足)の病院も全体の6%程度に過ぎません。一方、第1希望の病院にマッチできた学生の割合は60.6%で、年々低下傾向にあります(例えば2020年は約71%、2025年は60.6%)。
この数字は、特に人気病院では第1志望であっても競争が激化していることを示しています。都市部の有名病院ほど応募者が多く倍率も上がる傾向にあり、厚生労働省も都市部の研修希望集中に対応するため募集定員の上限(シーリング)を都道府県別に設けるなどの対策を行っています。
その結果、都市部より地方で研修する研修医の割合が増加しつつあり、2025年度マッチングでは東京・大阪など6都府県以外で研修する内定者が全体の60.2%と、都市部6都府県での研修者(39.8%)を上回りました。
まとめ
マッチング制度に参加する限り、出身大学や所在地に関係なく全国の研修プログラムに応募・順位登録が可能です。そして双方の希望が合致すればどの地域の病院であっても研修医として働ける仕組みです。ただし、人気病院では競争率が高く第1希望でマッチするのは容易ではない点は念頭に置く必要があります。
地方大学から都市部病院へのマッチング
地方の医学部に進学しても、卒業後に都会の研修病院へ行けるのか?──結論はイエスです。根拠として、実際のマッチング結果データを見てみましょう。近年のマッチングでは、多くの地方大学出身者が都市部の病院に初期研修医として採用されていることがわかります。
例えば、厚生労働省とマッチング協議会が公表した2025年度マッチング結果によれば、弘前大学医学部附属病院(青森県)では募集定員25人に対しマッチ者0人(充足率0%)という極端なケースがありました。弘前大の自大学出身の新卒医師は一人も自大学病院に残らず、卒業生全員が他地域の研修プログラムへ散らばりました。このように地方大学だからといって卒業後もその土地に留まるわけではなく、他地域へ巣立っていく学生も多いのが現状です。
もう少し一般的な例を見ましょう。広島大学病院(広島県)では定員39人に対しマッチ者28人、うち広島大学出身者は13人(46.4%)でした。半数以上のポストが他大学出身者で占められ、広島大学の卒業生の半数以上は他の病院(広島大学病院以外)で研修に進みました。山口大学病院では定員16人中マッチ者5人(充足率31.3%)で、そのほとんどが自大学出身者でしたが、そもそも定員の約2/3が埋まらない状況で、多くの卒業生が地元以外に流出していることがうかがえます。
一方、都市部の研修病院には地方大学を含む様々な大学の卒業生が集まる傾向があります。大阪府内の主要研修病院では新研修医の多くが他大学出身者です。例えば大阪大学医学部附属病院(大阪府)では2025年度、定員58人中57人がマッチし、そのうち大阪大学出身者は13人(22.8%)でした。つまり約77%は他大学(地方大学を含む)の卒業生が占めていたことになります。
同様に大阪公立大学医学部附属病院(旧市大病院)でも自大学出身者の割合は39.3%(61人中24人)と半数以下です。これらのデータは、大阪のような都市部の病院が全国から研修医を受け入れていることを示しています。地方の医学部から大阪府内の研修プログラムにマッチングする例も珍しくなく、現に大阪大学病院や大阪市立・府立の病院には他県の大学出身の研修医が毎年数多く集まっています。
さらにマッチング全体の統計で見ても、毎年約40%弱の研修医が東京・大阪など主要6都府県で研修を行い、残り約60%はそれ以外の道県で研修しています。この数字からも、多くの医学生が出身地域を越えて研修先を選んでいる実態がわかります。地方大学に通っていても、マッチングさえ上手くいけば都会の病院で研修することは十分に現実的です。
地方医学部の学生が都市部の初期研修先に進むケースは数多く存在します。マッチング制度のおかげで地域的な壁は低くなっており、自分の志望と努力次第で大阪を含む都市圏の病院にチャレンジできる環境が整っています。大切なのは後でのべるように、人気病院にマッチするための戦略をきちんと立てることです。
地方医学部から都市部志望を叶えた先輩たちの声・戦略
地方の医学部に在籍しながら「初期研修はぜひ都会の病院で受けたい」と考える学生も多いでしょう。そのような先輩たちは、どんな戦略でマッチングに臨んでいるのでしょうか?いくつかの体験談やアドバイスから、そのポイントを探ってみます。
「地方から都内へ」の厳しさと対策:ある地方国立大の出身者は、首都圏の人気病院は都内の医学部生でもアンマッチが出るほど倍率が高く、コネも情報もない地方医学生がそれに勝ち抜くには「なんとなく」では通用しない非常に厳しい戦いだったと振り返っています。事実、2024年度マッチングでは都内の大学病院ですら定員割れせず高倍率になり、都内有名大学の学生でも希望先にマッチできずアンマッチとなる例がありました。こうした背景からも、地方から都市部の病院を目指す場合、早め早めの計画と戦略的な就職活動(マッチング対策)が不可欠です。
情報収集のハンデを克服する:地方医学部の学生が都会の研修先を目指す上でまず直面するのが、情報の差です。首都圏や関西圏の大学にいれば都会の病院情報が集まりやすいですが、地方にいると東京や大阪の病院の内部事情や選考対策情報は入手しにくいのが現状です。「自分の大学には都会に就職した先輩がほとんどおらず、有益な情報が得られなかった」という声もあります。地方から都内の病院見学に行って都内の医学生と交流すると、彼らの持つ膨大な情報量に圧倒されることがあるという話も聞きます。このハンデを埋めるため、地方の学生はインターネットや書籍、民間の情報サービスを最大限活用していました。具体的には、民間医局レジナビやHOKUTOといった研修病院の口コミ・データサイトを読み込む、あるいは研修医向けのSNSやブログ(noteなど)で都会病院を経験した先輩の体験記を購読するといった方法です。情報が少ない中でも自ら足を使って病院見学に出向き、人脈を広げて生の情報を得る努力をしている様子がうかがえます。
病院見学と試験対策:地方から都市部を目指す先輩たちは、5年生~6年生の早い段階から志望病院の見学会やインターンシップに積極的に参加しています。見学は夏休みなど長期休暇を利用して複数の病院を回り、プログラムの雰囲気や忙しさを肌で感じる重要な機会です。同時に、見学時に病院の教育担当者や指導医と接点を持つことで、自分の熱意をアピールしたりマッチング面接で話題にできるエピソードを作ったりすることにもつながります。ある先輩医師は「本格的に病院見学に行き始めたのは6年生の5月からだったが、それでも計画的に動けば十分間に合う」 と述べており、最終学年からでも戦略次第で第一志望マッチを勝ち取れることを示しています。
都市部の人気病院では筆記試験や面接試問が難しいケースもあるため、日頃から国試レベルを超えた臨床知識の習得や模擬面接対策も重要です。具体的には、英語論文を抄読しておいたり、自分の志望動機や将来プランを明確に語れるように準備したりといったことです。こうした努力の結果、「倍率10倍超」の病院に第一志望でマッチする医学生もいて、地方出身・コネなしでも対策次第では十分に勝負できることを証明しています。
都市部志望を実現するための主なポイント
- 早めの情報収集と計画立案:都市部の病院について大学の枠を超えて情報を集める。マッチングスケジュールを踏まえ、5年次後半〜6年次序盤には見学計画を立てる。
- 病院見学への積極参加:志望順位に入れる可能性のある病院はできるだけ見学し、現場の空気を知る。他大学の学生とも情報交換して視野を広げる。
- 試験・面接対策:履歴書や志望動機書は練り上げ、想定問答集を作って面接練習する。筆記試験がある場合に備え医学知識の復習・発展学習も行う。
- 人脈作り:大学の枠にとらわれず、見学先で出会った研修医や指導医に質問したり、OB/OGを紹介してもらったりする。民間主催の合同説明会やSNSも活用して人の縁を広げる。
- 妥協案も用意:第1志望がだめでも第2、第3志望で良い研修が積めるよう複数の都市部病院を志望リストに入れる。最悪アンマッチとなった場合でも二次募集で入れる可能性のある病院を事前にリサーチしておく。
このように、地方医学部から都会の研修病院を勝ち取った先輩たちは綿密な準備と努力を重ねています。「漠然と地元から出たい」と考えているだけでは高倍率の壁を超えるのは難しいかもしれないので、情報戦と自己研鑽にいかに取り組むかがカギと言えるでしょう。
地域枠や奨学金制度が進路に与える制約
地方の医学部を語る上で避けて通れないのが「地域枠」入試・地域医療奨学金の存在です。地域枠とは、各都道府県が医師確保のために地元出身者や将来地元医療に従事する意思のある受験生を対象に設ける特別枠で、入学後はその自治体から奨学金の貸与を受ける代わりに卒業後一定期間、当該都道府県内の指定地域で勤務する義務(従事要件)を負うものです。文部科学省と厚労省の方針により、地域枠で入学した医学生には「卒業直後より少なくとも9年間は当該都道府県内で勤務する」義務を課すという定義が明確化され、2022年度入学者から本格的に運用されています。つまり地域枠の場合、初期研修の2年間も含めて卒後9年以上は基本的に地元で研修・勤務しなければなりません。
この地域枠の義務は非常に重いもので、本人が途中で「やはり都会で研修したい」、「義務期間を全うせず他地域で働きたい」と思っても勝手に離脱することは認められません。仮に無断で地域枠の義務から離脱した場合、通常は貸与された奨学金の全額返還(多くは利子つき)というペナルティがあります。
それだけでなく、近年の制度では地域枠の勤務義務を守らず他県の研修プログラムにマッチした場合、受け入れた研修病院に対して厚労省が補助金減額などの措置を講じる決まりになっています。実際、2019年には「本来○県で働く義務のあった地域枠医師9人が県外の病院に研修医として採用されていた」ケースが発生し、厚労省はそれらを採用した5病院(東京医科大学病院など)に事情を聞いた上で臨床研修費補助金の減額等の処分を行いました。
このように、地域枠で入った学生が義務を果たさず都会に出ようとすると、本人だけでなく受け入れ側の病院にもペナルティが及ぶ仕組みになっており、事実上不可能だと考えてください。
また自治体からの地域医療奨学金(いわゆる県費奨学金)を受けた場合も同様です。多くは地域枠入試と連動していますが、一般入試で入った学生でも地元自治体の奨学金を借りれば卒後の勤務先制限が課せられます。典型的には「貸与期間の1.5倍~2倍の期間を指定地域の医療機関で勤務すれば返還免除、守れなければ全額返還」といった契約です。金額が数百万円に及ぶため、卒業時に奨学金を返せない場合は嫌でも義務地で働かざるを得ません。中には研修先について細かく指定されるケースもあり、「初期研修は必ず県内の指定病院で行うこと」と明示される例も数多くあります(自治体によって条件は異なります)。
要するに、地域枠や自治体奨学金を利用すると卒業後の進路が大きく制約され、大阪など都会の病院へ初期研修に行くことはできなくなります。地域枠対象者向けには各都道府県で「地域医療重点プログラム」などと称した特別な研修コースが用意されており、限られた枠内で地元志向の研修が組まれます。
例えば大阪府の場合、地域枠学生は府内の研修病院の定員の一部をマッチング前に確保してもらい、その代わり初期研修中に他府県の医師少数地域で12週以上の研修を行うといった条件が付されています。大阪府自体には過疎地域がないため府外で地域医療研修を経験させ、研修後は大阪に戻って地域医療に従事してもらう狙いです。このように多少の例外措置はありますが、いずれにせよ地域枠である限り研修も含め当面は自治体の方針に従ったキャリアを歩む義務がある点には注意してください。
したがって、「将来は都市部で働きたい」、「初期研修もできれば大阪の病院でしたい」と考えるなら、地域枠や自治体奨学金の利用は慎重に検討すべきです。地域枠で医学部に合格できるチャンスが広がったり学費負担が軽減されたりするメリットはありますが、その後の9年以上にわたるキャリアの自由度と引き換えになることは十分理解しておく必要があります。
経済的理由等でやむを得ず地域枠を選ぶ場合も、「義務を全うした後に都市部に移る」という長期計画で臨む必要があります。途中離脱は相当ハードルが高く、違約金やキャリア上の不利益につながりかねません。
将来の選択肢を広げるためのアドバイス
最後に、地方の医学部に進学した場合でも将来の進路の選択肢をできるだけ広く持つためのアドバイスをまとめます。地方で学びつつ都会での研修・勤務も視野に入れるなら、以下の点を意識するとよいでしょう。
- 地域枠以外での進学を検討する:地域枠や自治体奨学金は卒後の進路拘束が強いので、もし将来的な勤務地の自由度を重視するなら、多少学費負担があっても一般枠で合格する、あるいは奨学金を利用しない道を選択してください。地域枠しか合格の道がない場合でも、その義務内容(勤務年数や勤務地範囲)を事前によく確認し、自分の描くキャリアプランと折り合いがつくか判断しましょう。
- マッチング制度を理解し早めに準備する:医学部在学中から初期研修マッチングの仕組みを理解しておくことは大切です。5年生頃から志望する地域・病院の情報収集を始め、6年生では見学や試験対策に本腰を入れます。「地方だから情報がなくて不利」ではなく、自ら動いて情報を取りに行く積極性が将来の選択肢を広げます。現在はインターネット上に膨大なデータや口コミがあるので、それらをフル活用してください。
- 研修病院の特色を学び、自分の目標に照らす:都市部の「ハイパー病院」(症例数が非常に多く忙しい研修病院)と地方の「マイナー病院」(比較的ゆったりした病院)では研修環境も得られる経験も異なります。例えば地方病院は給与が高めだったりしますが 、都会の大病院では高度な症例を経験でき指導者にも恵まれるかもしれません。自分が初期研修で重視するポイント(症例数・指導体制・働きやすさ等)を整理し、それを満たす病院が地元以外にあるなら積極的に挑戦する価値があります。地方出身でも「この病院で学びたい」という強い動機を示せれば、病院側も歓迎してくれるものです。
- 人脈とコミュニケーション力を培う:将来都会に出たいなら、学生のうちから様々な大学の同期や先輩と交流しておくと有益です。他大学との合同チームで研究発表会に出る、全国の学生が集まるセミナーに参加するなど、横のつながりを広げれば、いざ研修先を選ぶ際に生きた助言をももらえます。またマッチング面接ではコミュニケーション力や人柄も重視されます。地方で患者さんや地域住民と接するボランティア活動などに取り組み、人間力を高めておくことも将来の武器になるでしょう。
以上のようなポイントを踏まえ、地方の医学部で学ぶ間も常に将来の選択肢を意識して行動することが大切です。情報収集力・計画力・行動力を身につけておけば、たとえ地方在学でもハンデを跳ね返し、自分の望む研修・キャリアを切り拓くことができます。
おわりに
地方医学部に進学した場合でも、東京、大阪のような都会で初期臨床研修を行う道は確実に開かれています。実際のマッチング結果データは、地方大学の卒業生が多数都市部の研修病院へ進んでいることを示しています。重要なのは、在学中にマッチング制度を理解し、情報収集と準備を怠らないことです。特に都市部の人気病院を狙うなら、地方にいながら如何に情報戦略と自己研鑽で勝負するかが鍵となります。また、地域枠等の制約についても十分認識し、自分の志望するキャリアに合った選択を心がけましょう。
医学部入学はゴールではなくスタートです。地方で学ぶ強みも活かしつつ、広い視野で将来を見据えて行動すれば、卒業後に大阪をはじめ希望の地で研修・活躍することは決して夢ではありません。医師臨床研修マッチングという制度を味方につけ、ぜひ納得のいくキャリアを歩んでください。あなたの努力次第で、活躍の舞台は地方から全国へ、大都市へと大きく広がってゆきます。